「パイの実」そのもの! 本物そっくりの木彫り作品木彫り作家 川崎誠二さん
薄く何層にも重なるパイ生地や香ばしく焼かれた焦げ目を見れば一目瞭然、お菓子の「パイの実」……のはずですが、実はこれ、木彫りの「パイの実」。Twitterに投稿した本物そっくりの木彫りの「トースト」が注目を集めたことを機に木彫り作家になった川崎誠二さん。「そっくり木彫り」と「ちっこいどうぶつ」などのシリーズを展開する川崎さんの、作家になるまでの道のりと木彫りの魅力についてお話を伺いました。
Twitterでバズった木彫りの「トースト」
——この木彫りの「パイの実」、うっかり口に入れてしまいそうです(笑)。川崎誠二さんのインスタグラムでお菓子の「パイの実」に木彫りの「パイの実」を紛れ込ませた集合写真を拝見しましたが、どれが木彫りか見分けがつきませんでした。川崎さんは7年前、本物そっくりの木彫りのトーストがTwitterでバズったことを機に木彫り作家になられたと伺いました。
はい。当時、中学生だった姪(めい)が、夏休みの宿題に木彫りのトーストを作っていて、その様子を見ているうち、「僕だったらこう作るな」とイメージが膨らみまして。うまくできあがったのでTwitterに投稿したんです。それがバズりました。その後、周囲から「もっといろいろ作ってみたら?」と言われ、ちょっとやってみるか、と。
——トーストを作られる以前から木彫りの経験はあったのですか?
少し彫って楽しむ程度で、作品らしい作品を作ったことはありませんでした。
——自分の作品が多くの人の目にとまり始めたときは、どんなお気持ちでしたか?
自分のSNSが、それまでの大学の仲間だけでなく、外の人の目に触れるようになったということにびっくりしましたし、うれしかったですね。「いいね」が数千になったときは、泣いちゃうくらいうれしかった(笑)。当時、僕は大学を卒業せずに実家に戻りふわふわした状況にあったので、こんな自分でも認めてくれる人がいてうれしかったのだと思います。
——大学は工学部と伺いました。美術系ではないのですね。
絵を描いたり、立体物を作ったりするのは好きでしたから、美大受験も考えたことはあるのですが、専門的に学ばずとも自分で楽しむことはできるかな、と。実際、木彫りを始める前もボールペンで絵を描いたり、ろうそくで立体物を作ったりしてTwitterに投稿し、楽しんでいました。
——川崎さんがモノ作りにひかれるのはなぜだと思いますか?
よくわからないのですが、何かを生み出す、クリエイトすることに面白みを感じるのでしょうね。 “新たな価値を生み出すこと”は、人の根源的な欲求という気もします。
木彫りに関して言うと、木を削ったり彫ったりする作業自体がプリミティブ。特別なことではなく、人にとって自然なことのように思えます。
——作品は、お菓子、野菜、肉、魚といった食べ物を木彫りで表現した「そっくり木彫り」シリーズと、ガチャガチャのおもちゃの元にもなった「ちっこいどうぶつ」シリーズが中心です。これらを展開するようになったのは?
トーストがバズってからいろいろなパンを彫って投稿していたのですが、パン以外のモチーフにも興味がわいてきて、たまたま見た唐辛子の造形にひかれて、作ってみたらTwitterでも好評だったんです。人の暮らしに近いモノ、日常にあるモノって人の頭のなかにインプットされていますから、「え?これが木なの?」と驚きにつながるのかな、と。
——「ちっこいどうぶつ」はいかがでしょうか。
岡山県産ヒノキのCM動画に登場する白桃とキャラクターの木彫り制作のお仕事をいただきまして、どうぶつの木彫りに挑戦したことがきっかけです。その少し前には、自画像の意味で“ちっぽけな自分”“しょぼくれている自分”をイメージした極小作品を作っていたので、タイミング的にも合ったのだと思います。
——この豆柴、小さいですね~。
「もっと小さいのも作れるぞ」と作っているうちにこのサイズに(笑)。5ミリくらいでしょうか。
——どうぶつは30種類くらいありそうですね。そろえて並べたいという方もいらっしゃるのではないですか?
そうですね。作っていて思うのは、木彫り作品は、木を手で彫ることに意味があるのかな、と。一個一個、手で彫って完成させるからこそ微妙に表情も質感も異なるので、並べてもおもしろいのだと思います。
「そっくり木彫り」は見本にするモデル選びが重要
——作品が完成するまでの工程をざっくり教えていただけますか?
まずモチーフを決め、作りたいイメージを膨らませます。それから材料となる木材を選び、切り出し、削り、モノによってはヤスリをかけて、色を塗って仕上げます。
——木材は何種類くらいを使い分けているのでしょうか。
今は、木曽ヒノキ、バスウッド(シナ)、ボックスウッド(西洋ツゲ)が多いでしょうか。モサモサした感じなど、そのモノが持つ質感、木目が出ているなどの仕上がり感、細かな作業をしても堅く折れにくいといった作業工程などを考慮し、木材を使い分けています。
——基本的には見本を見て作るのでしょうか。
はい。「ちっこいどうぶつ」はネット動画や画像を見て特徴を捉え、表現の仕方やデザインを考えるという工程も大切になりますが、「そっくり木彫り」は見本にするモデル選びが重要。一つ一つ形も質感も異なるので、特徴が捉えやすいモデルを探す必要がある。「パイの実」は1箱のなかから1個ずつ確認し、自分がイメージする「パイの実」に近い1つをモデルに選びました。膨らみ方はもちろん、うそくさくならない程度にきれいな形をしているか、などをチェックしましたね。
——「そっくり木彫り」は質感がなんともリアルです。どうやって表現されているのでしょうか。
質感は、本来持っている木の材質や、彫りによる凹凸の付け方、またヤスリのかけ方などでずいぶん差がでます。例えば木彫りの桃は、完璧な“つるりん”ではなく小さな凸凹があります。これは、初めから目の細かいヤスリをかけることで凹凸を残しつつ、少し毛羽立った質感に仕上げています。同じように木彫りの枝豆も毛羽立っているように見えると思うのですが、こちらは仕上げ段階で粗いヤスリを使って木材に傷を付けています。
——色塗りはどのように?
アクリル絵の具を筆で塗っています。アクリル絵の具は乾くと耐水生になるため油絵の具のように色を重ねられる。下の色を生かして塗り重ねることもできるので、奥行きを表現できます。
——まずはモチーフそのものをしっかり見ないと、イメージを膨らませられませんね。観察力が重要なのだという気がしてきました。
木彫り作品を制作する上で言うと、どうやってこの形が生まれているのか、どう成長しているのかを意識してモノを見ることが大切なんですね。枝豆なら、もともと平らなサヤに小さな種ができ、内側から大きくなり、皮が引っ張られてパンパンに膨らむ、そんな成長過程をイメージします。トーストなら、生地が練られ、型に入れられ、発酵して膨らみ、オーブンの中でまた膨らんで、焦げ目がついて、型から取り出されてスライスされる……。そんなことを意識しながらパンを眺めると、生地がうねっていたり、表面に気泡が入っていたりするような細かな状態が見えてきます。
——「パイの実」はどのようなことを意識されましたか?
パイ生地の膨らみや焦げ目が付く工程ですね。パイ生地がオーブンのなかでどういう具合に膨らんで層を作っていくのか、そうした過程を具体的に想像していくと、“らしく”なります。
——そもそも、木彫りの「パイの実」を作ろうと思ったのはなぜでしょうか。
多くの方がご存じのお菓子であることと、手頃なサイズ感。そして、やはりパイの質感が特徴的だったからですね。特徴的な形とそそられる造形というのは、モチーフ選びのカギになります。
——難しかったところを挙げるとすれば?
パイのサクサク感を表現するところでしょうか。実際の商品が大事にしている点と重なるかもしれません(笑)。それともう一点、凹凸と色でちょうどいい“焦がし加減”を表現するのも苦労しました。
木が木じゃなくなる瞬間が面白い
——川崎さんにとって木彫りの面白さとはどんなところですか?
実際に木を彫ってみてわかったことなのですが、木を彫ると、木が木じゃなくなる瞬間が訪れます。あるときはパンに、あるときは野菜になる(笑)。その急激な変化が面白い。
例えば、作品をご覧になった多くの方々が「これ、木に見えない」と喜んでくださいます。それって、「何これ?」という“不思議な感覚”を覚えているということだと思うんです。木彫りには、造形を表現する要素だけでなく、見た人にも「何がどうなっているんだ……???」と思わせる面白さがあることに気づきました。
——なるほど。
さらに面白いのは、例えば、木彫りのトーストなら、今、見えているのは本物のトーストではないから、自分の記憶のなかにあるトースト(自分が見てきた)なんですね。そこに気づいたら、ますます面白くなりました。
——確かに。今、目の前に2枚の木彫りのトーストがありますが、私には右のほうがトーストらしく見えます。それはなぜなのか、今わかりました。右のほうが毎朝食べているトーストの質感に近いんです(笑)。自分の記憶のなかにあるトーストが、木彫りのトーストに現れているのですね。
そうだと思います。では、「ちっこいどうぶつ」の面白さは何かというと、正体は木の塊なのに、“命”のようなモノが現れ、“かわいい”という感情をかきたてられるということなのではないか、と。「ちっこいどうぶつ」に木目を生かした作品が多いのは、木という素材から命が現れる“不思議な感覚”を楽しんでほしいと思ったからなんです。
——7年間、木彫り作品を作ってこられて、一番のお気に入りを教えていただけますか?
約2年前に作ったこの石ですね。制作期間に1カ月くらいかかっているのですが、それだけ手もかけています。とにかく本物そっくりになるよう、できる限りのことをやろうと思って作りました。
実はこの作品は、僕が木彫りを始める以前、本で見た、木材で石を彫っていた作家の作品に刺激を受けて作ったものなんです。戦前の作家なのですが、“木で石を作る”という発想に驚きました。
——石単体ではなく、木の台の上に石が載っていますが、これはなぜですか?
作家の作品にヒントを得たこともありますが、 “木から違う物体が現れてくる面白さ”を表現したいと思ったからです。先ほどもお話ししましたが、木が木ではなくなり、別のモノになる瞬間が面白くて。石単体で作ってしまうと、石そっくりに作るほど木であることが伝わらないので、あえて木の台に載せました。
——現在は教室を開き、木彫りの指導もされていらっしゃいます。ノウハウを記した書籍の出版や展示の準備も進んでいると伺いました。そのほか今後のご予定や、彫りたいモチーフや構想があればお聞かせください。
もっといい作品、面白い作品を作りたいという思いがベースにあります。例えば、最近、「猫が体を丸めたアンモニャイト」という言葉に着想を得て、猫とアンモナイトをくっつけた架空のどうぶつを投稿したら受けまして(笑)。こういう作品をもっと作ってみたいと思っています。
また、絵本制作にも興味があります。絵ではなく、木彫りの写真で構成する絵本です。木彫りは立体なので、絵よりも生き物らしさ、命を表現しやすい。物語を作る楽しさもありそうなので、挑戦してみたいですね。
取材・文 辻 啓子
2021-12-28