勇気を与えられる舞台を作りたい(前編)歌舞伎俳優 中村隼人さん
その端正な顔立ちから、「歌舞伎界のプリンス」とも称される中村隼人さん。ビックリマンチョコと歌舞伎の初コラボ『ビックリマン歌舞伎チョコ』(2020年7月に関東で、2020年9月に中部・近畿で発売) では、シークレットシールになって登場! 今、勢いに乗っている若手歌舞伎俳優の人気の秘密に迫りました。
スーパー歌舞伎Ⅱ『ワンピース』出演を機に活躍の場が広がった
——隼人さんはテレビドラマやバラエティーなどに出演する機会が増えていますが、ここのところ、歌舞伎俳優の方々が本業以外のジャンルに活躍の場を広げていることについてはどのようにお考えですか?
一つには、歌舞伎以外の舞台や映像の仕事に挑戦しやすい環境を先輩方が作ってきてくださったことが大きいと思います。少しでも多くの方々に劇場へ足を運んでほしいという想いがあったからこそなのではないかと。僕自身のことで言うと、スーパー歌舞伎Ⅱ 『ワンピース』へ出演させていただいた頃から、いろいろなチャレンジをさせていただけるようになった気がします。古典歌舞伎では見られない中村隼人を知っていただき、歌舞伎に興味を持っていただくキッカケにしたいという思いは常に持ち続けています。
——歌舞伎以外のお仕事をされるようになって、仕事に対する思いや心構えなどに変化はございましたか?
そうですね。十代目松本幸四郎さんが市川染五郎時代に僕にかけてくださった印象的な言葉があって、それを聞いてから変わりました。「歌舞伎の仕事を休んで外の仕事をするのなら、歌舞伎界をつぶすつもりで仕事をしろ」と。
——それはまた奥深い。
当時の僕は、「歌舞伎に興味を持ってくださる方を増やす」という思いだけで歌舞伎以外の仕事をしていたので、幸四郎さんの言う「歌舞伎界をつぶすつもりで」の意味がよく分からなくて「どうしてですか?」と伺ったんです。すると幸四郎さんは、かつてご自身が出演されたドラマ撮影での体験を話してくださいました。撮影現場には、これまで体験したことのないような熱量が感じられた。このドラマを成功させるという目標に向かって情熱を傾けている方々の中に、歌舞伎俳優という本業を持ちながら参加するということは、並々ならぬ熱量を持って行かなければ失礼だと感じた。だから隼人も外の仕事をするのなら、そのくらいの気持ちを持って挑んで欲しいと。その言葉を聞いて、僕も歌舞伎以外の仕事への取り組み方について、より真剣に考えるようになりました。
——歌舞伎の舞台と映像作品では役作りも異なると思うのですが、歌舞伎の舞台ではどのように役作りをされるのですか?
古典歌舞伎では、役作りは自分でするなと言われます。古典は、何百年もの間、上演、再演を繰り返し、先人たちが作り上げた「あるべき形」があります。稽古は、基本的に先輩の方に習いに行くのですが、「役の性根を捉える」ことを中心に教わります。自分で役を作るというよりは、もともとある役の性根を捉えて演じるということです。初めて勤めるお役や、若手と言われている間は、基本に忠実に演じることが重要で、「オリジナリティーはいらない」ということ。基本を完璧に演じられるようになったらオリジナリティーを出して良い、と。それが、いわゆる歌舞伎的に言う「工夫を入れる」ということだと思います。また、“見て学ぶ”のが歌舞伎の世界なので、最近は「まねろ」とも言われますね。とはいえ、僕が同じような動き、形、台詞(せりふ)回しで演じたとしても、当然、顔も体つきも違います。観客席から見る同じ役でもそれぞれの違って見えるのは当然です。そういう意味でも、オリジナリティーというのは、お客様側が自由に感じてくださるものなのかもしれません。
——なるほど。では、新作歌舞伎はどうでしょうか。
新作歌舞伎にも多くの古典要素がちりばめられているので、やはり基本は大事。古典を理解できていないと新作歌舞伎の舞台に立つのは難しいと思います。新作歌舞伎の場合、古典の名場面の台詞やお決まりの動きが台本上に組み立ててあります。それを読み、これは忠臣蔵のあのシーンの動き、これは四谷怪談のあのシーンの台詞回し、というように、自分で読み解かなければならないため、多くのレパートリーが必要になる。頭の中にある古典の引き出しを次々と開けていかないと芝居を組み立てられないんです。古典のレパートリーをため込んで新作に落とし込んでいくというのはなかなか難しい作業。ここは今の僕の課題だと思っています。
——隼人さんは、スーパー歌舞伎Ⅱの舞台にも度々立たれています。違いはどこにあるのでしょうか。
スーパー歌舞伎は三代目市川猿之助さん(二代目市川猿翁)が「現代の人の胸を打つ歌舞伎を披露したい」と思い始めた舞台です。スタートしたのは30年以上も前で、僕もまだ生まれていません(笑)。2014年からは、スーパー歌舞伎Ⅱとして四代目市川猿之助さん中心の作品が上演されていて、演目も演出もどんどん変わっている。これからも変わっていくべきだと思います。よく古典との違いを問われるのですが、一つはまず音楽。古典の場合は、三味線や鼓といった楽器の生演奏と、長唄で進行していきますが、スーパー歌舞伎ではあらゆる楽器を使いますし、録音した音響(S.E.)を用いることもあります。雷鳴さえも銅鑼(どら)をたたいて表現する古典ではあり得ないことです。また、台詞回しも古典とは異なりますね。先ほど、新作歌舞伎には古典の台詞回しも台本に組み立てられているとお話ししましたが、スーパー歌舞伎の場合は、古典よりも台詞のテンポが速く、現代語調による話し方になります。
——映像作品での役作りについてお聞かせください。以前、あるインタビューの中で、舞台ではどうしても身ぶり手ぶりが大きくなるため、同じように演じると、映像では不自然に見えるとお話しされていました。テレビドラマでは、自然に演じることを心がけるのでしょうか。
お芝居ですから、そこにナチュラルさを求めるのは難しいと思うのですが、できるだけ自然に見えるようにしたいとは思っています。例えば、歌舞伎俳優にとって目力は重要な要素。歌舞伎では目を見開いて芝居をするため、癖になっているところがありますが、ドラマでそれをやると視聴者にすぐに歌舞伎俳優だと見破られます(笑)。僕は映像の経験があまりないので、どうしたら自然に見えるか、先輩から助言をいただいたり映像をたくさん見たりして勉強しています。自分の中で手応えを感じたのは、昨年、主演をさせていただいたNHK BSの時代劇『大富豪同心』ですね。自然な芝居をつかむきっかけになったと思います。
——ドラマではどのように役を作り込んでいくのでしょうか。
台本を読み込むのはもちろんですが、キャラクターや話し方を自分なりに研究していきます。友だちや周囲の人を参考にすることも多いですね。また、演出家や監督とも相談します。ドラマの面白いところは、何回でも撮り直しができるところ。僕のほうから、「もう1回、こういう感じで演じてみてもいいですか?」とやらせていただくこともありますし、演出家から、「別のパターンもやってみましょう」と提案されることもある。一発勝負の舞台ではできないことです。
——とはいえ、一発勝負の舞台は、一つの物語を数時間で演じ切ります。シーンごとに撮影したり、時には物語の前後を入れ替えて撮ったりするドラマでは、役柄の感情を維持するのが難しいのでは?
映像のお仕事は‟瞬発力”が必要だと実感する日々ですね。『大富豪同心』のクランクアップの日は、9話と10話のシーンが詰め込まれていて、効率よく撮るために、撮影シーンの時間軸もめちゃくちゃで(笑)。なのに、役者さんたちは当たり前のようにこなしていた。その瞬発力には感服しました。歌舞伎俳優の僕らは、一つの舞台ごとに1から気持ちをつないで100に持って行くのですが、映像の役者さんたちは、シーンごとに1から100まで持って行ける。これは素晴らしいなと思います。実は昨年、スーパー歌舞伎Ⅱ『新版 オグリ』でご一緒させていただいた俳優の浅野和之さんから「隼人は映像の世界で仕事をするようになり歌舞伎の芝居も変わったね、緻密(ちみつ)になったね。歌舞伎の芝居でも、感情をつなぐ表情がうまくなった」と褒めていただいたのですが、浅野さんは、演劇界で芝居に関するどんな質問にも的確な答えを返してくださる俳優と言われている方で、尊敬している大先輩。僕自身は無意識に演じていたのですが、僕の芝居を歌舞伎も映像も見てくださっている浅野さんにそう言っていただき、映像の仕事も歌舞伎に生かすことができているのだと分かって本当にうれしかったです。
2020-11-02