ベラヴェッカ〔フランス〕クリスマスが待ち遠しい! 思い出の“洋梨パン”
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2011年6月から1年間のフランス滞在中、クリスマスを過ごすのはアルザス地方と決めていた。ドイツとの国境に面したアルザスのクリスマスマーケットは、フランスの中でも特に有名なのだ。身ひとつでパティスリーを探し、幸運にもミュルーズという小さな町で働き口を見つけることができた。クリスマスシーズンだけの予定だったが、結局ビザの有効期限まで約8カ月間、パティシエ修業をすることになった。アルザスを代表する郷土菓子であるケークエコセやクグロフ、フォレノワールをはじめ、ここで数多くの味を覚えた。
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下/左からクグロフ、ケークエコセ、フォレノワール
アルザスには、独特の空気感があった。木組みの民家が並ぶ町は、まるで絵本の中にいるようで、赤いふわふわのスカートに黒いエプロンの民族衣装がぴたりとハマる。そんな雰囲気の中、レストランで伝統料理のシュークルート(発酵させたキャベツ料理)、ベッコフといった煮込み料理でワインをいただくと、まるでおとぎの世界に迷い込んだ気分になってしまうのだ。
市街地から少し離れると170㎞ものワイン街道が続いている。アルザスワインは7種のブドウから構成され、中でもゲヴェルツトラミネールという品種で作られる特産の白ワインは、甘くスパイシーで、そのおいしさに感動したことは今でも忘れられない。
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11月末になると、いよいよ各地でクリスマスマーケットが始まる。アルザス地方最大の都市ストラスブールでクリスマスマーケットが初めて開催されたのは、1570年のこと。フランスで最古の歴史があり、毎年200万もの人が訪れるそうだ。おもちゃ屋やオーナメントを売る雑貨屋、ヴァンショー(ホットワイン)専門店等が軒を連ね、メリーゴーランドや観覧車が特設された広場は、常に活気にあふれていた。
クリスマスマーケットにはもちろん、菓子屋もあった。ブレデルと呼ばれるクッキーの詰め合わせやパンデピス(スパイスを使った焼き菓子)、シュトーレン等がにぎやかに並ぶ中、特に注目すべきは「ベラヴェッカ」だ。ナマコのような見た目で、クリスマスの華やかなイメージとはかけ離れているかもしれない。しかし、毎年この季節に菓子屋に並べられるベラヴェッカが、アルザスの人々にクリスマスシーズンの到来を知らせてくれるのだ。
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噛めば噛むほど新しい味や香りが現れる
ベラヴェッカはアルザス語で“洋梨のパン”のこと。その言葉通り、洋梨はもちろん、イチジクやプラム、アプリコットなど、さまざまなドライフルーツをたっぷりと使う。それらを洋酒とスパイスにじっくり漬け込み、少量のパン生地でつないで、オーブンで焼き上げる。手間暇かけて作られているが、デコレーションはいたってシンプルなものが多く、ナッツやドライフルーツがのるくらいだ。そのシンプルで凛とした姿も美しい。
クリスマス前のアルザスの食卓には、ベラヴェッカが鎮座している。アルザスの人々はそれを薄くスライスして、少しずつ食べ進めながら、クリスマスの訪れを楽しみに待つのだ。
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当時私は、このクリスマスシーズンを逃してはならないと、少なくとも10本以上のベラヴェッカを食べた。町中の菓子屋を食べ歩いたと言っても過言ではない。おいしいと有名な隣町の店にも足を延ばした。ベラヴェッカの存在こそ知ってはいたが、初めて食べた時にはそのおいしさもさることながら、作り方や材料にも個性があり、とても興味をそそられた。食べ比べてみると、店によって味も三者三様。使用するフルーツにはじまり、スパイスの種類や量、洋酒、ナッツ、パン生地の割合等、似たような見た目でも、印象が随分変わってくる。混ぜ過ぎず、フルーツが原形を留めている点もポイントのひとつだ。スパイスが程よく効いていて香りも良く、ジューシーで柔らかなフルーツを使ったものが特に好みの味だった。
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ベラヴェッカは、噛めば噛むほど新しい味や香りが現れるようなぜいたくなお菓子だ。時に、お酒のおつまみとしても合わせられる。午後のおやつにもなるし、食後のデザートにも良い。勤め先のシェフに教わった絶品の食べ方は、薄くスライスしたベラヴェッカに、フォアグラのテリーヌをのせるというもの。物は試しと言われた通りにやってみると、ベラヴェッカのフルーティでスパイシーな深い味わいと、フォアグラのコクとなめらかさが絶妙にマッチしていた。あまりのおいしさに食べる手が止められず、一晩で食べ切ってしまったくらいだ。ついには特産のクレマンダルザス(スパークリングワイン)まで、一人で飲み干してしまっていた。
帰国してからというもの、毎年クリスマスシーズンになると私も、ベラヴェッカを作っている。修業時代にもたくさん作ってきたベラヴェッカは、私の第二の故郷とも言えるアルザスの記憶を追想させてくれる、思い出深い郷土菓子だ。
2020-11-17
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