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カッサータ 〔イタリア・パレルモ〕
カッサータと南イタリアの陽気なカフェ店員さん
イタリア・パレルモ

私の郷土菓子研究の旅はこのお菓子から始まったと言ってもいい。2010年春、世界の郷土菓子に興味を持ち始め、ヨーロッパを3カ月周遊した。その始まりがイタリア半島の西南に浮かぶ離島シチリアだった。それまで、日本でヨーロッパのお菓子について調べて作ってみては、本物はどんなお菓子なのだろう、本場ではどのような存在なのだろう、と思いをはせていた。ヨーロッパには各地に見たこともない素敵なお菓子がある。そう信じて念願の旅は始まったが、シチリアで初めて出合ったお菓子は、理想像とはかけ離れた、なんとも荒々しい風貌をしていた。

目を疑うような荒々しいお菓子

許容量を超えた‟甘さ”その先には

まずショーケースに驚いた。これは失敗作?と目を疑ってしまうようなデコレーションのケーキが並んでいたのだ。奇麗に、凛と整列しているはずのケーキ屋のケーキが、見る者の感性を揺るがせる“現代アート”のようだった。これを見て、おいしくなさそう、と思う人もいるかも知れない。しかし、日本人にこのようなお菓子を作れるだろうか。私はこれこそ世界の郷土菓子、イタリアのケーキはこれなのだ、と到着早々にして心が躍っていた。

早速、シチリアの郷土菓子「カッサータ」を注文。陽気なサービスマンの供してくれたその一皿には、愛嬌たっぷりの大きなカッサータが、でろんと溶けたように鎮座していた。一口食べると見た目以上の衝撃が走った。とんでもなく甘かったのだ。

衝撃の甘さ。カッサータ

一口目にして、自分の持ち合わせていた“甘さ”の許容量をゆうに超えていた。歯に浸透するような、喉が焼けるような、これまで感じたことのない“甘さ”だ。どうしてこんなにも甘いものを南イタリア人は食べるのだ、と頭を悩ませてしまうほど。理解に苦しみながらも、少しずつ食べ進める。すると、甘過ぎるが、悪くない、とも思えてきた。いやむしろ、だんだんおいしくなってきていた。

甘さの向こう側のおいしさへたどり着いた瞬間だった。初めて食べるものには疑心や不安があり感覚が繊細になっている。しかし、その壁を越えると新しい感覚を得ることができる。旅を通して知らない文化に触れるとき、何度も体感してきた。コーヒーやお酒を初めて飲む時の感覚に似ているかもしれない。

気が付けばそのおいしさを受け入れ、一皿ぺろりと完食。最後はエスプレッソを流し込み、すっかり気分が良くなっていた。

左からカッサティーナとカンノーロとババ(シロップを染み込ませたスポンジのお菓子)

甘さの源はアラブから

「カッサータ」はシチリアを代表する郷土菓子。羊のリコッタチーズのクリームをスポンジ生地で包み、その周りを白と緑のマジパンで覆うのが定番。リコッタチーズというと淡白でさっぱりした味のイメージがあるが、それをとんでもなく甘く仕上げるのが南イタリアだ。大きいものだと直径30㎝程、高さもあり、特産のフルッタカンディータ(フルーツの砂糖漬け)でデコレーションするとなかなかの迫力がある。一口大の小ぶりのものは「カッサティーナ」と呼ばれ、こちらには決まってチェリーが載る。

シチリアといえば「カンノーロ」という郷土菓子も有名だ。筒状に揚げた生地の中に、こちらもリコッタチーズのクリームを詰めたもの。言わずもがな、このクリームもとても甘い。

ショーケースに並ぶホールのカッサータやカンノーロ

地中海最大の島でもあるシチリアは、周辺のアラブやアフリカと歴史的に関係が深い。かつてはアラブ人によって支配されていた時代もあった。カッサータの名前の由来も、アラビア語で「ボウル」や「乳製品」を表す言葉など諸説ある。

アラブというと、焼き菓子や揚げ菓子をシロップに浸す類いのお菓子が多く存在し、ヨーロッパのお菓子に比べると甘いものが多い。シチリアの甘さの源もアラブにあるのかもしれない。なぜなら北イタリアのお菓子は、こんなにも甘くないからだ。

すべてを含めて味になる

人々との交流の中でお菓子の味を体感する

郷土菓子を巡る旅は、ただお菓子を食べ歩くのとは少し違う。土地の人々と交流する中でお菓子と向き合うからこそ、体感できることがある。カメラを向けると店員の2人が抱き合ってポージングしてくれたり、お菓子について質問をすると急に大声で歌い始めたり、思わぬうれしいハプニングが南イタリアを感じさせてくれた。陽気なホールスタッフ、キャッシャーのお母さん、カウンターで新聞を読むおじさん、時代を感じさせる壁、空気感すべて含めて味となる。南イタリアに行かないと、あのとびきり甘いおいしさは味わえない。

郷土菓子研究社
代表 林 周作(はやし・しゅうさく)
1988年京都生まれ、2008年にエコール辻大阪フランス・イタリア料理課程を卒業。世界の郷土菓子の魅力に取りつかれ、各国の郷土菓子を実際に食べ、味を伝える菓子職人に。2012年から約2年半をかけ、自転車でユーラシア大陸を横断。 2016年7月、東京・渋谷にBinowa Cafeをオープン。世界の郷土菓子を提供中。各国を訪れてはその土地の郷土菓子を調査し、その数500種以上。訪れた国は50カ国近くにのぼる。
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