ルークチュップ〔タイ〕ポルトガル伝来! タイの“練り切り”
日本の「郷土菓子」というと何を連想するだろうか。
東北の「南部せんべい」、小布施の「栗きんとん」、京都の「八ツ橋」など、各地の郷土菓子は数えきれないほど豊かにある。また、春の定番「桜餅」ひとつとっても、地方によって形や素材が違っていたりする。そのほかにも故郷の菓子を連想するかもしれない。このように多種多様な和菓子があるように、世界中の国々にも私たちの知らない郷土菓子がたくさんある。私が世界の郷土菓子を調べ始めて10年が経つ。これまで48カ国を旅し、実際に現地で食べ、調べてきたが、今でも新しい土地に足を踏み入れるたびに、知らないお菓子の世界に驚かされている。そんな数ある世界の郷土菓子の中から、第1回はタイ王国に伝わる「ルークチュップ」をご紹介したい。
旅の始まり
私は2011年6月から1年間フランスに滞在していた。ワインを製造するためのぶどう畑や老舗パティスリーで働きながら、郷土菓子を食べてまわった。1年が経って、このまま飛行機で帰るにはまだ早い、自転車でユーラシア大陸を横断してやろう、と思い立ったのは、もうすぐビザが切れるころ。頭の中に計画を描くとすぐに自転車屋へ行き、横断に耐えられそうな自転車を購入していた。
スタートは当時住んでいたフランスのアルザス地方。ママチャリくらいしか乗ったことのなかった私には、5つのバッグを装着した自転車の重さは大型バイクをペダルでこぐような感覚で、最初のころこそ1日に30㎞走るのが精いっぱいだったが、慣れてくると100㎞以上平気で走れるようになっていた。もちろん、各地の郷土菓子を調べながら、だ。東欧ではヨーロッパとロシアの融合を感じ、中東では初めてのイスラム文化に触れた。広大な中央アジアには素朴なお菓子があり、意外にもインドはお菓子大国だった。寄り道を重ね、東南アジア・タイに着いたのは、旅が始まって1年半が経ったころだった。
バンコクのデパ地下で見つけた色鮮やかなお菓子
インドで放浪中の3カ月間、衛生環境が悪い中、腹痛と格闘し続けていたが、その後に到着したタイの首都・バンコクの快適さは、バックパッカーなら誰もが共感できるだろう。街にはきれいなお店が並び、伊勢丹や東急百貨店まである。もちろん、百貨店にはデパ地下も存在し、奇麗におめかししたタイの郷土菓子も並んでいる。裸足で地べたに座りお菓子を作るインドのパティシエも悪くはないが、久しぶりに見た清潔感のあるショーケースと透明のマスクに、文明の利器を感じずにはいられなかった。
そんな大都会バンコクにも郷土菓子はあった。地元資本の高級デパート「エンポリアム」の地下フロアに寄ったときだ。フルーツや野菜のミニチュアのような「ルークチュップ」と呼ばれるつややかな郷土菓子が列を成していた。表面はぷるぷるとしていて光沢があり、緑やオレンジ、黄色など、鮮やかな色に彩られた小さなお菓子がショーケースに陳列された様子は、食べるにはもったいないくらい可愛らしかった。デパートだけではなく、街中の屋台でも売られているので、タイ人にとっても一般的なお菓子であることがうかがえる。ぎっしりと詰まった大きいセットは大家族用だろうか。消費期限の短いルークチュップは、数日の間に食べなければならない。
材料は、緑豆とココナッツミルクを練り合わせた、柔らかいペースト状の餡(あん)。これをトウモロコシやマンゴスチン、ナス、ローズアップルなど、さまざまなフルーツや野菜に模し、色付けする。仕上げに寒天でコーティングすることにより、ぷるぷるのつやと食感が生まれる。口に含むと、ぷちっと寒天が小気味良くはじける。そして、中から優しい甘さの緑豆の餡が現れ、ココナッツミルクの香りが心地よく広がる。味としては素朴ながら、ついつい手を伸ばしてしまう美味しさだ。日本の練り切りのような見事な造形や味の繊細さに、タイの菓子職人の丁寧な仕事ぶりを感じた。
起源は16世紀初頭、アユタヤ王朝時代
ルークチュップの起源は、16世紀初頭のアユタヤ王朝時代にさかのぼる。ポルトガルの外交使節が到来し交易が始まると、タイ王国にヨーロッパの文化が入り込み、お菓子もその影響を受けるようになる。当時からヨーロッパではアーモンドをペースト状に加工したマジパンが菓子の材料に使われていたが、タイでは一般的ではなかった。そこで、主材となるマジパンの代わりに緑豆餡を使ったのがルークチュップ誕生のきっかけだ。今ではすっかり名物菓子になったルークチュップには、そんなタイとポルトガルのセンスが混ざり合っている。
2020-04-28
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