桂花糕〔中国〕回族街の“カステラ”
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中国は、実に旅のしがいがある国だった。なんと言っても、今まで訪れた国の中で一番広い。そして、中国4000年の歴史とはこのことかと感じるほど、料理も菓子もとにかく数が多く、地方によって味もさまざまで、常に新しいモノに出会いたい私のような人間にとっては特に、興味が尽きなかった。
自転車でベトナムから南寧に入り、東進して広州、深圳と海沿いを北上する。その広大な国土をもってして、ビザの有効期限が1カ月だけというのは、あまりにも短いのではないか。行きたい場所が多すぎて、地図を前に何度頭を抱えたことだろう。結局ビザを延長することに決め、内陸もじっくり見て回り、気づけば4カ月ほど滞在していた。
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雲南の酸っぱ辛い料理は格別だったし、汕頭(スワトウ)で食べた菓子「豆花(トーファー)」は豆の味がとても強く、食べごたえがあり、おいしかった。「南瓜餅(ナングアピン)」という菓子の、ビスケットで餅を挟んで揚げるという発想にも驚かされたし、羊羹やおこしに似た菓子もあった。お餅を使った菓子が多いのも、中国と日本の共通点だ。日本の菓子に中国由来のものもあるからか、日本人にもなじみやすい菓子が多いように思う。
ただ、何ごともシェアする文化で料理も菓子も一人前の分量が多く、一度に何種類も食べられないのが玉にきずだった。円卓に一人で座る旅人の気持ちは、恐らく中国人には分からないだろう。
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そんな中国の中でも印象的だったのは、西安の中心部に位置する“回族街” (回族=イスラム教を信仰する少数民族)だ。ほとんどが仏教徒の中国で、唯一イスラム教徒が集まる地域。西安は中国の“古都”と呼ばれ、昔の街並みが残る古き良きエリアと言われるが、回族街は、思い浮かべていた西安の姿とは全く違っていた。
入り口の門をくぐると、そこは別世界。頭にスカーフを巻いたお姉さんが菓子やドリンクを売り、民族の帽子をかぶったお兄さんが羊肉を焼く。そこかしこでパフォーマンスを見せるように菓子を作るさまは、回族街独特のものがあった。かと思えば夜にはネオンの看板が煌々(こうこう)と光り、昼とはまた違った表情を見せてくれる。活気にあふれ、ワクワクするような騒々しさも心地よく、一日中歩いても全く飽きなかった。
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目にも舌にも楽しい非日常のテーマパーク
幾筋もある繁華街を歩いていると、あるものが目に入った。遠くから見ると、まさに大きなカステラだ。気になって近づいてみると、それはなんとお米だった。「桂花糕(グイホアガオ)」という回族街の名物郷土菓子で、黄色く染められぎっしり詰まったもち米の上に茶色いナツメが並べられ、それがさながらカステラの焼き色のように見えたのだ。直径50センチほどあるホールサイズの塊が、目の前で美しく切り出されていく。味よりもまず、その見た目のインパクトが捨て置けない。私はこのカットの美しさに“イスラム教”を感じずにはいられなかった。中東で見た「バクラヴァ」も法則的なカットで整然として美しかったし、偶像崇拝が認められていない宗教がらか、模様の美しさで表現することに長けているのではないかと思う。
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1つずつ丁寧に切り分けられ、串に刺さった桂花糕を手に取ると、ほのかに花の香りがした。桂花とは“キンモクセイ”のこと。弾力のあるもち米を噛むと、香りはさらに口の中に広がった。桂花糕と言えば中国では、キンモクセイが入ったゼリーのことを指す。しかし回族街だけは、この黄色の塊をその名で呼ぶようだった。カステラとは違い、食べ終わる頃にはおなかがずっしりと重かった。
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回族街では「柿子餅(シーズビン)」も外せない。西安で作られる“火晶柿子”という品種のみずみずしい柿で作られる菓子で、鉄板で焼かれた表面はパリッと中身はホクホクでおいしい。柿を使った菓子に出会ったのは、意外にも初めてだった。柿子餅にもキンモクセイの餡入りがあるので、それも食べてみてほしい。
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思い返せば、コロナが流行する前に最後に足を運んだのは、この西安の回族街だった。そこはまさに、目にも舌にも楽しい非日常のテーマパーク。中国でおすすめを教えてと言われたら、ぜひ教えたい。とは言え広すぎて、まだ足を運んでいないエリアもある。チベットや新疆ウィグル自治区にも行ってみたい。ロシアとの国境付近はどうなっているのだろう。中国4000年の歴史は、4カ月では到底ひもとけないのだ。
2021-11-02
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