ソーンパプリ〔インド〕厨房で見た驚きの光景とは? 輪になって作る“飴菓子”
インドは3カ月の滞在だったが、衝撃の毎日は私を飽きさせなかった。 30時間以上の超長距離列車に乗って、細身で長髪だった私は1日に20回も「マダム」と声をかけられ、宿には猿が侵入してお菓子を盗まれた。トゥクトゥク(三輪タクシー)に乗った時には毎度プロレスのような値段交渉をし、気が付くと謎の土産屋に到着している。数日先まで満席の列車は当たり前。これまでの常識は全く通用しない、それがインドだ。
インド滞在2日目から終始お腹の調子は最悪だったが、口から喉元まで楽しめたら後はどうにでもなれ、ととにかく食べ続けた。それもそのはず、3カ月の滞在中に60種以上ものお菓子を見つけることができるほど、インドはお菓子大国なのだ。
北インドではマヴァと呼ばれる煮詰めたミルクを使ったお菓子が多く、南へ行くとココナッツミルクやジャグリー、米、豆といった東南アジアにも似たお菓子が散見できる。実はヨーロッパの各地に郷土菓子があるように、インドにも地方色豊かな郷土菓子がそろっている。
現地に行って知ったことだが、インド人でも手で食事をしたことが無い人もいるそうだ。そういう人たちは普段からスプーンやフォークを使って食事をしている。レストランへ行くと外国人である私にはもちろんスプーンやフォークが用意されたが、本場を味わうために不浄とされる左手を使わず、極力右手を使って食べるようにしていた。最初は苦戦したが、3カ月が経つ頃には、右手ひとつで食べることにも慣れていた。最後まで慣れなかったのは、辛さだ。特に南インド料理の唐辛子の強烈な辛さは忘れられない。いつも滝のような汗を流しながら独りフードファイトを繰り広げていたのだ。右手で食事をし、左手で汗を拭くのが独自のマナーと化していた。
そんな激辛なお口をいやしてくれるのが、インドの甘味。辛い料理のあとの甘味はうれしいのだが、これがまた強烈に甘い。それまで、ヨーロッパや中東の甘さは体験していたが、それをゆうに超える甘さだった。そんなに極端にしなくても、と言いたくなるほどに“辛い”と“甘い”が押し寄せる。特にジャレビやグラブジャムンといったシロップ漬けのお菓子は特に甘かった。甘さもさることながら、カルダモンやサフランといったスパイスもしっかり効いており、その甘さとスパイス使いの妙にインド菓子の醍醐味がある。
想像を絶するパティシエたち
そんなインドの郷土菓子を巡る3カ月の旅の中、あまりの衝撃に腰を抜かした経験があった。インド南部バンガロールのきれいなお菓子屋を訪れた時だ。店員さんのご厚意で、「ソーンパプリ」を作る工程を見せてもらえることになった。ソーンパプリは綿菓子をギュッと固めたようなインドの伝統的な飴菓子。ひと口大のキューブ状にカットした上面にはアーモンドとピスタチオがちりばめられている。口に含むとザクザクと繊維状の飴が崩れ、はかなく溶けていく。異国を感じさせるカルダモンのさわやかさとクセのあるギー(発酵させて水分を抜いたバター)の香りが、私を病みつきにさせた。
店員さんに連れられて大きな厨房に入ると、人が何人か入れそうなほどの大鍋が出迎えてくれた。その中では、ギーとベサン粉(ひよこ豆粉)がくつくつと煮られ、クセのあるおいしそうな香りが充満している。さらに奥へ進むと、想像を絶するパティシエたちが私の大好きなソーンパプリを製造していたのだ。
白いコックコートを身にまとい、清潔感のある厨房でお菓子を作る、それがパティシエのイメージだろう。しかし、目の前に広がっていたのは、男たちが地面にべったりと座り、輪になっている光景だった。全員、裸足だ。
6人で一つの大きなトレイを囲み、大きな輪に伸ばした飴を折りたたみ、また伸ばして大きな輪を作る。途中、ギーで炊いたベサン粉を加え、さらに輪にしては折りたたむ作業を繰り返す。すると、最初は飴だった塊がみるみるうちに細い繊維状に変化していった。飴が冷え、伸ばせなくなるまで伸ばしきると、その後は型に詰め、キューブ状にカットしていく。伸ばしてからカットまで、すべて床で製造していたことには驚かされてしまった。
インドの家庭でも床で調理をして、食べるような機会はあったが、あんなにきれいなお菓子屋の厨房でも床で調理しているとは、インドの常識、恐るべし。振り返ってみると予想だにしない衝撃の体験ばかりだったはずなのに、なぜかまた行きたくなる…。後にも先にも、こんな国には出会ったことがない。
2021-01-05