ケーキは人をハッピーにするタレント・モデル パンツェッタ ジローラモ
イタリアではイースターの時期、家族一同が集ってお祝いをします。僕が7~8歳の頃のことです。お母さんが子どもたちに食べさせるパンナコッタを作っているときに事件は起きました。どうしてもミルクが飲みたかった僕は、お母さんが止めるのも聞かず、温めていたミルクを奪い、それをそのまま自分の脚にこぼしてしまったのです。しかも僕は短パン姿。みるみる真っ赤に染まる脚を見て慌てた大人たちは、大急ぎで僕を自家用車に乗せ、集まっていた親戚の車3台を連ねて全員で病院に向かいました。
到着した病院でも僕は泣きっぱなし。治療ができず困り果てたお医者さんが言いました。
「泣くのをやめたらこの500リラをあげるよ」
先生が握っていたのは、当時、大変珍しい銀貨。小さい頃から珍しいものとお金に弱かった僕はそのコイン欲しさにぐっと涙をこらえ、治療を受けました。おかげで事なきを得て、やけどの傷痕を残すことなく完治したのです。
とはいえ心の傷は残っていたのでしょうか。以来、パンナコッタが食べられなくなってしまった僕。大人になってもパンナコッタを口にすることはありませんでした。
ところが30年ほど前、突然、トラウマを克服できたのです。来日してから数年が経った頃、ティラミスやパンナコッタといったイタリア菓子ブームがあったのですが、そのとき、思い切ってパンナコッタを食べてみたのです。すると、おいしいじゃないですか! この一口がパンナコッタの悪いイメージを払拭、大好きなスイーツの一つに変えてくれました。
お母さんお得意の“パン・ディ・スパーニャ”
マリトッツォが大流行していますが、最近は、多くのイタリアのお菓子が日本で食べられるようになりました。とはいえ、原材料の問題もあってか本場さながらの味を見つけるのは簡単ではありません。僕が大好きなお菓子 “カンノーロ”もそう。なかなか納得できる味に出合えません。カンノーロは、筒状に揚げた小麦粉ベースの生地にリコッタチーズなどのクリームを詰めたシチリア島発祥のお菓子で、もともとは謝肉祭のお祝いに作られていました。日本でイタリア料理店をやっている友人は、店では提供していないのですが、たまに従業員のために腕を振るい“カンノーロ祭り”を開いています。そこに参加するのが僕の楽しみ。日本で本場のカンノーロを味わえる貴重な機会になっています。
カンノーロはイタリアではポピュラーなお菓子ですが、作る手間もかかるので、家庭ではあまり作りません。僕の家もお店で買って食べていました。僕のお母さんが得意としていたのは、 “パン・ディ・スパーニャ”。イタリア語に直訳すると「スペインのパン」なのですが、いわゆるケーキの土台にする「スポンジケーキ」のことです。このスポンジにクリームを挟んだり、アーモンドなどを砂糖でコーティングした砂糖菓子“コンフェッティ”をデコレーションしたりして食べさせてくれました。ワンホールを家族全員で切り分けて食べるときのおいしさは格別。パン・ディ・スパーニャのなんとも言えない甘い香りは、日本で食べるカステラの香りに近い。家の近所にあるカステラ工場の近くを通るたびにお母さんの手作りケーキの思い出がよみがえります。
以前、お母さんの誕生日に帰国したとき、行きつけのレストランにお願いして、お母さんのパン・ディ・スパーニャそっくりにケーキを作ってもらって、家族そろってお祝いをしました。年を重ね、自分で作ることがちょっと大変になったお母さんは、久しぶりのパン・ディ・スパーニャに大喜び。子どもたちが自分の手作りケーキを覚えてくれていたこと、それをまた家族で味わえることに満面の笑みを見せてくれたのです。そんな母を見て、僕も家族もハッピーな気分になりました。
その昔、ケーキは誕生日などのハレの日に食べる特別感のあるデザートでしたが、今はもっと身近なものになっています。それはうれしくもあるのですが、その分、ありがたみが薄れてきている気も。ケーキって人をハッピーに、心を豊かにしてくれるもの。甘くておいしいケーキをみんなで食べられることに感謝して、一口一口を大事に味わいたいなと思うのです。
2022-01-11