“クリスマスの薪”ブッシュ・ド・ノエル
クリスマスのお菓子の定番として、丸太の形をしたケーキ、ブッシュ・ド・ノエル(Bûche de Noël)を思い浮かべる人も多いでしょう。
ブッシュ・ド・ノエルは、直訳すると、フランス語で“クリスマスの薪”の意味で、“ビュシュ”と書く方がフランス語の原音に近くなります。
現在、ヨーロッパ各地のクリスマスで行われている風習には、キリスト教が伝わる以前のユール、北欧のゲルマン民族の冬至のお祭りと結びついたものが少なくありません。
かつての北欧では、冬至の夜に樫(かし)の薪(ユール・ログ)を暖炉で燃やすと1年間健康に過ごせるという言い伝えがあり、さらに、その薪が燃えた後の灰は厄除けになるとされていました。一年で最も夜が長い(=昼が短い)冬至の日は、翌日から太陽の力が増して昼が長く、夜が短くなっていく復活の象徴として一年の変わり目となっていました。ですから、行く年に薪をくべ一年間の健康を祈ることは、再生の象徴になっていたのです。
これがフランスに伝わると、クリスマスイブに、コナラやブナの薪と一緒にプラム、さくらんぼ、りんご、オリーブの果物(地域によっては、塩やワイン、油、牛乳、はちみつなどを振りかけて)を燃やし、その炎を囲んで、ミサ(ちなみに、クリスマスという言葉は、もともとは“キリストのミサ”という意味です)から戻った家族が集まって食事をとったり、歌ったりするという風習へと変化します。そして、薪を燃やした後の灰が厄除けや健康のお守りになるという風習はそのまま受け継がれました。
こうして、薪はクリスマスには欠かせないものとなり、キリストの誕生を祝った時、夜通し暖炉で薪を燃やしていたとの“伝説”が語られるようになり、さらに、貧しくて恋人にクリスマスのプレゼントを買えなかった青年がプレゼントとして恋人に薪を一束贈ったというエピソードも生まれます。
19世紀に入ると、フランスでは、このようなさまざまな由来を持つ薪をかたどったクリスマスのお菓子が作られるようになります。これが、現在のブッシュ・ド・ノエルの原型になります。このお菓子をいつ誰が考案したかについては、①パリのサンジェルマン・デ・プレにあったチョコレート店の見習い職人が考案した、②リヨンの菓子職人が考案した、③モナコ公国シャルル3世が皇太子の時にお抱え菓子職人だったピエール・ラッカムに初めて作らせた、など諸説ありますが、20世紀初頭には、ブッシュ・ド・ノエルはフランスのクリスマス菓子として定着。長いままのロールケーキの表面をココアクリームで覆い、樹皮をイメージした波形の筋をつけ、枝を模したチョコレートや、雪を模したホイップクリームや粉砂糖でデコレーションしたスタイルのブッシュ・ド・ノエルが周辺諸国へも広まっていきました。
多言語国家スイスのクリスマス切手
ブッシュ・ド・ノエルを描いた切手は複数の国から発行されていますが、筆者が個人的に気に入っているのは、2014年11月13日にスイスが発行したクリスマス切手です。
この切手では、クリスマスの定番、ジンジャー・クッキーが詰まった缶の後ろ、クリスマスの飾りつけをした窓越しに暖かそうなキッチンの風景が描かれており、コンロと流し台の間にブッシュ・ド・ノエルがしっかりと鎮座しています。
多言語国家のスイスでは、北部と中部がドイツ語、西部がフランス語圏となっていますので(このほか、南部はイタリア語圏、南東部はロマンシュ語圏)、この切手でも、ドイツ風のジンジャー・クッキーと、フランス由来のブッシュ・ド・ノエルを組み合わせることで、それぞれの言語圏に配慮したということなのかもしれません。
しかし、そうした理屈抜きに、左側に見えるオーブンのチキンとあわせて、これから始まるクリスマス・パーティーを前に、大人も子供もワクワクしている気分が表現された切手に仕上がっています。
ちなみに、スイスで話されるフランス語は、フランス本国の標準フランス語とほとんど同じですが、単語の使い方が一部違っていて、標準フランス語で昼食を意味する“デジュネ(déjeuner)”はスイスでは朝食の意味に、標準フランス語で夕食を意味する“ディネ(dîner)”はスイスでは昼食の意味になります。ちなみに、標準フランス語の朝食は“プティ・デジュネ(petit-déjeuner)”、スイスのフランス語で夕食は“スぺ(souper)”です。
スイスでフランス語を話す人から「クリスマスのディネの後で、一緒にブッシュ・ド・ノエルを食べよう」と誘われた時には、しっかり時間を確認しておいた方が良いかもしれません。
2022-11-22