エス・ディー・エス バイオテック捨てられていたカシューナッツの殻
殻を搾った液体を牛に食べさせたら、ゲップのメタンが減って環境に貢献
料理やスイーツによく使われるカシューナッツ。実は、いつも食べているナッツ部分は固い殻に包まれていて、剥いた殻はほとんど捨てられています。ところが、捨てられていた殻から採った液(カシューナッツ殻液)が、牛が吐き出すメタンガスを減らす効果があるというのです。メタンガスは地球温暖化を進める温室効果ガスのひとつで、温室効果は二酸化炭素の28倍もあるといわれます。カシューナッツ殻液を配合した牛用飼料を商品化したのが出光興産の子会社「エス・ディー・エス バイオテック」です。同社アニマルニュートリション部販売支援グループの塩崎康子さんに、開発の経緯などを詳しくうかがいました。
牛の胃からでるメタンガスは温室効果ガスのひとつ
—— そもそも牛はなぜ、メタンを発生させるのでしょうか?
塩崎康子さん 牛は4つの胃を持つ反芻(はんすう)動物なんです。4つの中でも1番目の胃をルーメンと言い、焼き肉メニューの“ミノ”に当たりますが、この第一胃には、食べた草などを消化するために無数の微生物が活動していて、その中には消化するときにメタンガスを発生させる菌がいます。牛はそれをゲップとして出すのです。羊や山羊(やぎ)も反芻動物で、そうした反芻動物から吐き出されるメタンガスの総量は、二酸化炭素換算で、全世界の温室効果ガスの約4%を占めると言われています。
—— そのメタンガスを低減する飼料を開発されました。カシューナッツの殻を原料にしたということですが、開発の経緯を教えてください。
塩崎さん 当初の開発目的は、「メタンガスの低減」ではなく、「抗生物質に代わる安全安心な製品開発」でした。2006年にEU(ヨーロッパ連合)の中で、家畜の飼料に抗生物質を添加するのをやめようという動きがあり、それに対応するため、当社は、天然素材を使った飼料の開発に取りかかりました。たくさんの天然素材調べているうちに見つけたのが、カシューナッツ殻液でした。
そこで私たちは、家畜栄養学が専門の、北海道大学農学部・小林泰男教授と共同でカシューナッツ殻液の研究を始めました。研究を進めていくと、メタンガスの低減にも効果があることを発見しました。実際に家畜に食べさせてみると、メタンガスを大幅に低減できることがわかったのです。
また、未利用資源であるカシューナッツ殻を利用し、製品化していますので、この点でもSDGsに貢献できるのではと考えています。
腸活ならぬ〝ルーメン活〟で牛が健康に
—— 商品化はスムーズに行きましたか?
塩崎さん 課題として立ちはだかったのは、カシューナッツの殻液という素材がもつ特性でした。カシューナッツ殻液は液体なので、それを飼料として給餌できるようにする際には乾いた粉にしなければなりません。牛が好んで食べてくれるよう、甘味料や牧草などを混合したペレットに加工するなどの工夫を施しました。日本各地の農家に試してもらいながら製品開発をすすめ2012年にようやく発売を開始することができました。
ただ、当時は、メタンガス低減のことは積極的にPRしていませんでした。環境問題がいまほどクローズアップされていなかったからです。酪農・畜産農家の皆さんの関心も、家畜の生産性向上にありましたから、それをメインに打ち出していました。
—— 牛の健康によいこともわかったそうですね。
塩崎さん そうなんです。生産現場での使用事例になりますが、乳牛では乳量の維持、肉牛では産肉成績、また種付け成績などが安定するなどの成果が上がっています。
なぜこうした効果がでたのかというと、ルーメン(胃)の環境がよくなったからだと考えています。カシューナッツ殻液が、ルーメン内の微生物のバランスを整えるたことでメタンガスを生成するのに使われていたエネルギーを、牛が成長したり、ミルクを出したりという有用なエネルギーに転換できたからではないかとみています。ここ数年、腸内環境を整える〝腸活〟が注目されていますが、牛でいえばルーメン内環境を整える〝ルーメン活〟が成功した結果だと思います。
—— 世界的に地球温暖化に注目が集まっていますが、生産者などに変化はありますか?
塩崎さん 2021年にイギリスのグラスゴーで開催されたCOP26(第26回国連気候変動枠組み条約締約国会議)で、牛のメタンガスの問題が議題にのぼったこともあり、ここ数年メタンガス削減に関する問い合わせが増えました。お問い合わせいただく方は畜産家の方より、食品メーカーさんや販社さんなど食品業界の方のほうが多かったですね。環境負荷を低減した牛のミルクやお肉を扱いたいというのです。その背景には消費者の環境に対する意識の変化もあるとのではないかと考えています。お話を聞いていると、今後は生産者さんと一緒に環境問題に取り組む仕組みをいかにつくるか、というのを意識していることが感じられました。
取材・文 西所正道
2023-03-22