チュルチヘラ〔ジョージア〕ワインの街で生まれた“ブドウ”のお菓子
ウクライナから、船で黒海を渡ること約4日間。到着したのは、アジアとヨーロッパのちょうど間に位置する、ジョージアという国だった。国土は日本の5分の1ほどという、とても小さな国だ。ビザ無しで1年滞在できるということもあり、旅の拠点として、気がつけば半年もの月日をジョージアで過ごしていた。小さな国ではあるけれど周辺に染まることなく、どの国ともはっきりと違う独特の文化があった。日本でも今注目されているジョージア料理をはじめ、さまざまなフルーツのペーストを炊いて作る“トゥクラピ”という保存食、カスピ海ヨーグルトの元になったとも言われる“マツォーニ”という絶品ヨーグルトなど、個人的に興味をそそられる要素もとても多かった。旅を振り返ると今でも「また行きたい」と思う国のひとつだ。
そしてジョージアと言えば、忘れてはならないのがワイン。ワイン屋に並んだ樽に、地元の人々がペットボトルを持ってくみに来るくらい、日常的でなじみ深いものらしい。ジョージアワインには8000年もの歴史があり、ワイン発祥の地のひとつとも言われているそうだ。同じ品種のブドウでも、ジョージアでは育つがフランスでは育たないという話もあるほど、この場所でしか作れないワインが確かに存在している。ワインに目がない私にとって、ジョージアで飲んだワインは、他では味わったことがない格別な味だった。ブドウの品種も、聞いたことのないものばかり。“サペラヴィ”というブドウで造られた、キンズマラウリというワインは特にお気に入りで、出国する際、旅のお供として2本購入したほどだ。
街中にもブドウのモチーフが多くあり、その歴史を感じさせた。そんな国だからこそ生まれたお菓子がある。ブドウジュースを固めて作る「チュルチヘラ」という郷土菓子だ。くるみなどのナッツに糸を通し、小麦粉と一緒に炊いたブドウジュースに漬けては冷やし、固めるのを繰り返す。最後に、大体2〜3日乾燥させて完成だ。味はいたってシンプルで、濃縮されたブドウの味を楽しめる、弾力のあるグミというあんばい。どこの市場にも並んでいた定番の郷土菓子だ。
大量にぶら下がった棒状の何か
ただ、出会いはとても衝撃的だった。眼前に広がるのは、棒状の物が大量にぶら下がっているという、なんとも不思議な光景。まず、食べ物かどうか分からない。そして、お菓子だということも到底分からない……。市場を散策していると、売り子さんがナッツに糸を通しているところに遭遇した。もしかしてこの棒状の何かを作っているのかと思い聞いてみると、チュルチヘラというジョージアのお菓子だという。お世辞にもおいしそうとは言えないが、おもしろそうなのは間違いない。ジョージアでは世界的に有名なヌガー入りチョコレートバーにも例えられ、先に糸を抜いてしまえば、カットして食べるもよし、そのまま食べるもよしだ。市場で買ったものを、早速食べてみた。最初は正直なところ感動はなく「こういうものなのか……」という感想だった。売り子さんたちが1つずつ作っているから、当たり外れも多い。乾燥の具合もまちまちで、ブヨブヨだったりガチガチだったり、硬すぎて食べられないものすらもあった。でも、おいしいものに出会うため、いろんな市場でいくつも食べ続ける。コレ!というものが見つからないこともあるけれど、食べ続けないことには始まらないのだ。
ありがたいことに、民泊でお世話になった方の家で、作り方を教えてもらうこともできた。この時は、ブドウジュースを炊きすぎたのか硬くなってしまったのだが、たとえ失敗でも、家庭で教わったこのチュルチヘラは、とても良い思い出だ。その土地にしっかりと根付き、脈々と作られ続けていることが、何より興味深かった。椅子と椅子に棒をかけ、そこに吊るして乾かす光景を見ながら、とても温かい気持ちになったのを覚えている。帰国してから、自分の店でも作ってみたことがある。現地で習ったとおりに作り、ひとまず成功したものの、ブドウ果汁の香りや味は、当然現地のものにはかなわなかった。その土地で生まれたものを取り入れ、作られる郷土菓子たち。素朴な中にも個性が光る、これこそが郷土菓子の魅力なのだ。自分の想像を超えてくるというよりも、想像すらできないお菓子が、世界にはまだまだ眠っている。
2021-05-11