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光宗 薫さん

小学1年生の頃、2月に入ると一定数の子はバレンタインデーに向けて親とともにそわそわ準備を始めていた。
今思えば好きな子がいるならば必ずお菓子を渡さなければならないというルールなんてなかったものの、度胸試しをされているような感覚で「渡さなきゃ負けだ」という強迫観念に似た感情のもと、私も当時好きだった男の子に向けて何を渡すか考えていた。

私は昔から絵を描くことが好きで、その男の子は度々絵を褒めてくれていた。
時には私の描いた絵を奪って、「これ光宗が描いたんだよ!」と自分が描いたものかのようにクラス中に言い回ってくれていた。それがうれしくて好きだった。
そしてその子は学年で一番足が速く、クラスの大半の女の子に好かれているんじゃないかというほどモテていた。
きっとバレンタイン当日もいろいろな子からお菓子をもらうんだろうな。そう思うと何か印象深いものにしなければ渡したことすら覚えていてもらえないだろうと考えた私は、あろうことかその男の子が最も嫌いな食べ物だったトマトをチョコレートでコーティングしたものを作って渡すことに決めたのだ。

トマトチョコレートの記憶

今考えるとストレートにお菓子を渡すという行為に照れもあったのだとは思う。
それにしてもなんて良くない発想の行き着き先なんだろう、母親も「そんなことはやめなさい」と止めてくれても良かったのに。
そうして当日、私は中身について説明することもなくその男の子に手作りのトマトチョコレートを渡して逃げるようにその場から立ち去った。それからしばらくして、私は親の都合で大阪の小学校へ転校することになった。

今でもバレンタインデーには、あの時嫌がらせのようなことをしてしまった反省と、素直に気持ちを伝えることが恥ずかしかった気持ちを思い出す。
相手へ好きだという気持ちが伝わったかは定かではないけれど、当時自分の抱いていた感情は何年経ってもあのトマトチョコレートとともに記憶に残り続けています。
また後日談として、その男の子は以前東京で開催した私の絵の個展へ足を運んでくれて二十数年ぶりに絵を褒めてくれた。トマトの話はしなかったけれど、忘れてくれているといいなと思う。

光宗 薫さん
光宗 薫(みつむね・かおる)
1993年、愛媛県出身。2011年17歳の時に神戸コレクションのモデルオーディションにてグランプリを受賞。同年にAKB48へ加入し、12年10月まで活動。その後女優・モデルとして活躍。独学で絵を描き始め、「プレバト!!」(毎日放送)で制作した水彩画で1位を獲得し話題に。現在では個展を開くなどアーティストとして活動の場を広げている。創作中は集中を保つためにガムを欠かさず、1日に200粒噛むというエピソードを披露している。
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