entry category about
CONTENTS CATEGORY ABOUT
岡田眞善さん

俳優にとって発声練習は本番前の儀式のようなもの。いい声を出すためには欠かせない儀式なのですが、ラジオパーソナリティとして活動するときはあえて控えるようにしています。よく通る“いい声“は浮世離れしているようにも聞こえてしまい、ラジオには不向き。聞きやすさは重要ですが、“いい声“である必要はなく、“普通の声“が一番なのです。

とはいえ口のウォーミングアップは不可欠。ラジオ収録の直前はガムを噛んで、口周りの筋肉をほぐすようにしています。ガムは私が日常的にお世話になっているお菓子です。

常に持ち歩いているのは梅やクールミントのガム。しかも“板ガム”です。板ガムが好きな理由は二つあって、一つは食感。口に入れたときのパリパリと折れていく感じは、粒ガムでは味わえません。

もう一つの理由は、5~6歳の頃の体験にあります。

俳優という父の職業柄、クイズ番組の優勝賞品、知人からのプレゼント、ファンからの贈り物などで、家はモノであふれていました。そのなかにはお菓子もたくさんあったので、スーパーで母にお菓子をねだっても、「家にあるからいいでしょ?」と買ってもらえなかった。僕が食べたいのは家にある有名どころのお菓子ではなく、友だちがおいしそうに食べているスーパーのお菓子なのに……。そんなもどかしさがありました。

そんな僕を救ってくれたのが祖父でした。おじいちゃんは、僕を連れて駅に行くと、売店の前で「ガム、買っていいよ」と言ってくれたのです。僕にとっては初めてのお菓子選び。60円のガム一つ選ぶのに、1時間以上かけてあれこれ見比べて悩む僕をせかすこともなく、おじいちゃんは笑顔で待っていてくれました。

迷った末に手にしたお菓子は、ロッテの梅味の板ガム。それ以来板ガムには愛着があるのです。

与えられたモノではなく、自分でモノを選ぶことがどれほど楽しいことなのか、それまで知らなかった僕に教えてくれたおじいちゃんには本当に感謝しています。

娘2人のお菓子を巡る攻防

僕には2人の娘がいるのですが、娘たちには多くの「選ぶ体験」をさせたいと思っています。「選ぶ」ことには、多くの“学び”があるからです。

我が家の場合、娘たちを連れてお菓子を買いにスーパーに行くときは、「100円以下のお菓子ね」と条件を付けて選ばせます。すると、かつて僕がそうだったように、長時間その場から離れません。お菓子選びに夢中な2人を眺めていると、いろいろなことが見えてきます。

例えば、最近はグミが大流行しているようですが、お姉ちゃんはグミの新製品に興味津々。味を想像しては買うべき品を見定めています。対して妹は、“量”を重視。100円でたくさんのお菓子を手にする方法を思案し、小袋がいくつか連なっているお菓子を選びます。

家に戻っても、お菓子を巡る攻防はまだ続きます。お姉ちゃんは、自分が買ったグミが気に入らないと、妹のお菓子とのトレードを試みます。好きな味ではないから手放したいのに、あえて「おいしい!」と妹の気を引き交換するのです。本当に気に入ったグミのときは、妹に取られないように「おいしい」とは決して言いません。実に戦略的です。2人ともあの手この手を使って欲しいお菓子を手中に収めている。これには親の僕も脱帽です。

スーパーでは、たまにこんな親子の光景も見かけます。最初は「お菓子は一つね」と念押ししていたお母さんが、最後には二つ、三つと買ってしまう。子どもの粘り勝ちです。忙しいお母さんとしては、早く家に帰りたいでしょうから、根負けするのもよく分かります。

膨大な数のお菓子が陳列されている売り場から欲しいものを選び抜き、財布を握る親を説得し、本当においしいものを手にするための戦略を練り、次に生かす。そういう学びは、子どもが大好きなお菓子だからこそ得られるものだと思うのです。お菓子というのは、子どもの味覚を満たすだけでなく、子どもの価値観を形成する要素になり得るのだなと、今、改めて思います。

考えてみると人生は“選択”の連続です。この電車に乗るか次の電車に乗るか、今日は肉を食べるか魚にするか、次の休日は家にいるか出かけるか、などなど。どんなことも自ら選択し、その選択に責任を持つ。この繰り返しです。

とはいえ子どものときは、親の選択に従うことのほうが多く、勉強道具も洋服も親が選んだものを使っていたという人が多いのではないでしょうか。そんな中でも菓子だけは早くから選ぶ権利をもらえたように思うのです。

人生で最初に選択の自由を与えられるもの——それがお菓子なのかもしれません。

とすれば、僕も娘たちの自由を奪ってはいけない。

たまに、僕が買ってきたお菓子や、いただいたお菓子を「これおいしいよ」と与えるときもありますが、「自己満足に過ぎないかも」と思ってなるべく我慢。娘たちが選んだお菓子に不満があっても、文句は言わずにぐっと我慢。娘2人の“お菓子選び”を、そっと見守るようにしています。

岡田眞善(おかだ・しんぜん)さん
岡田眞善(おかだ・しんぜん)
1973年、東京都出身。ラジオパーソナリティ、俳優、プロカメラマン。玉川大学に在学中から舞台を中心に活動を始める。雑誌『saita』(セブン&アイ出版 ※現在は休刊)の第1回プレミアムボーイに選出され、その後、ラジオDJを中心にテレビや舞台にも出演。幼少期からクルージングに親しみ、1998年に世界帆船レースに日本代表キャプテンとして出場し、世界第2位に。様々な活動のかたわら趣味の写真撮影でコンテストに入賞を果たし現在はプロとしてM-WAVE写真事務所に所属。その他にも「とちぎ未来大使」「那須塩原町づくり委員」「高知県産業振興アドバイザー」、川崎市「地域の寺子屋事業」の先生など様々活動に参加している。
Shall we Share

ほかの連載もみる