一日中マスクをつける生活が長く続いている昨今、「顔のたるみ」によるふけ顔は幅広い年代の方の悩みの一つになっています。マスクをしていると、「人に顔を見られる緊張感がなくなる」ことが原因の一つだと、日本歯科大学新潟生命歯学部教授の小出馨先生は指摘します。
小出先生は、舌の筋肉を鍛えることが健康や美容へ及ぼす効果について、長年にわたり研究してきました。その研究の中で、先生が推奨する「ベロ回し体操」は、咀嚼や嚥下の機能を高めるばかりでなく、顔の歪みやたるみの予防と改善、さらに噛み合わせのズレ予防にも効果を発揮することが分かっています。今回は、「ベロ回し体操」の詳しいやり方とその効果について、先生にお話しを伺いました。
「ベロ回し体操」にプラスするベロの体操として、「ベロ押し体操」「ベロ出し体操」も推奨しています。
「ベロ回し体操」のもとになったのは、2009年に中国医師の蘇川博先生が学会の講演で紹介された「よく眠れる舌の運動」です。
これを参考に、私の研究室では12年前から、「ベロ回し体操」が顎口腔機能の指標である舌圧、頬圧、口唇閉鎖力などにどのような効果を及ぼすのか、客観的なデータを測定してきました。
結果として、「ベロ回し体操」を2週間毎日続けると、舌を上顎に押しつける力「舌圧」と、唇を閉じる力「口唇閉鎖力」の顕著な増大が認められました。
舌圧は、咀嚼(噛むこと)、嚥下(飲み込むこと)、発音、味覚などの機能向上に大きくかかわっています。口唇閉鎖力はその名の通り口を閉じる力で、これを強化することにより、咀嚼や嚥下機能を高めるだけでなく、口腔乾燥や感染症、腎臓疾患、心疾患、ストレートネック、頭痛などの誘因である口呼吸を鼻呼吸へと改善させる効果があります。口呼吸は鼻のフィルターを通すことなく口から肺へ直接乾燥した冷たい空気やほこり、ウィルス、細菌などを送り込むので、感染症にかかりやすくなります。
昨今のように長時間マスクをしている生活では、息苦しいので、どうしても口呼吸になりがちなのです。「ベロ回し体操」が鼻呼吸へ改善する効果的なトレーニングになるので、ぜひお試しください。
特に、舌の筋肉、口を開ける筋肉、噛む筋肉、頬の筋肉、口唇の筋肉などの、咀嚼や嚥下時に使われる筋肉を同時に鍛えられるので、咀嚼力が向上し、しっかりとよく噛んで食べられ、嚥下もスムーズに行えるようになります。
また、噛むときに重要なのが咬合(噛み合わせ)です。咬合が悪いままだと、じゅうぶんな咀嚼ができないばかりか、アゴがずれて頭痛や肩こりの原因にもなります。
咬合のずれは顔のゆがみにもつながります。顔のゆがみが気になる方も、ぜひ「ベロ回し体操」を毎日の習慣にしてください。
また、唾液がよく出るという効果もあります。唾液を分泌する3大唾液腺(耳下腺、舌下腺、顎下腺)は、いずれも「ベロ回し体操」で活動する筋肉に囲まれていることから、それらの筋肉に刺激されて、唾液の分泌が促進されることがわかっています。唾液の分泌量が増加すると、口臭やむし歯、ドライマウスの予防につながります。
さらに、「ベロ回し体操」は、あごの下にある舌骨上筋群や、舌を動かす内舌筋と外舌筋が鍛えられ、睡眠中に舌が上気道に落ち込んで塞がれることで起こる「いびき」「睡眠時無呼吸症候群」の症状軽減も期待されます。
たるんでいた顔の筋肉(表情筋)が引き締まれば、垂れ下がっていた頬が引き上げられるので、ほうれい線やシワの改善も期待できるでしょう。「ベロ回し体操」は顔のたるみだけでなく、血液循環の改善、自律神経の調整、免疫力の向上、若返りホルモン・パロチンの分泌促進などの効果があることもわかっていますし、精神的ストレスの軽減や脳へのよい刺激にもなります。舌に関連する筋肉の衰えは、健康面だけでなく美容面でもマイナスです。現在のような長期間にわたるマスク生活では、顔の下半分が隠されていて話す機会も少なくなり、どうしても表情筋がゆるみやすいのです。マスクをはずして自分の顔を鏡で見たときに「こんな顔だったっけ?」と、たるんだ“ふけ顔”にビックリされることもあるのではないでしょうか。
「ベロ回し体操」は、マスクをしていてもできます。逆に、マスク生活の今こそ、いつでもどこでも行えて、舌や表情筋をしっかりと鍛えて若返るチャンスといえるかもしれません。ぜひ「ベロ回し体操」を実行して、その効果を実感してください。
【参考文献】
蘇 川博.世界を大きく変える東洋・西洋医学の統合医療と最新医学情報.平成21年度第19回日本全身咬合学会学術大会抄録集,日本全身咬合学会,2009
Arakawa I, Koide K, Takahashi M, Mizuhashi F. Effect of the tongue rotation exercise training on the oral functions in normal adults – Part 1 Investigation of tongue pressure and labial closure strength. J Oral Rehabil 2015;42:407–413.
Fumi Mizuhashi, Kaoru Koide. Salivary secretion and salivary stress hormone level changes induced by tongue rotation exercise. J Adv Prosthodont 2020;12:204-9.
小出 馨,荒川いつか,水橋 史,小出晴子,小出真理子. “舌のトレーニング(舌トレ)” の効果 ―人生100年時代の健康寿命の延伸には“舌トレ” が有効―.【新版】小出 馨の臨床が楽しくなる咬合治療.デンタルダイヤモンド社,東京,2019,174-181.
小出 馨(こいで・かおる)先生
日本歯科大学 名誉教授
(2023年7月現在)
1953年新潟県新潟市生まれ。日本歯科大学大学院修了(歯学博士)後、同大学講師、助教授、トロント大学歯学部補綴学教室客員教授を経て、日本歯科大学新潟生命歯学部歯学科補綴学第一講座主任教授、日本歯科大学大学院新潟生命歯学研究科機能性咬合治療学教授。
主に補綴、咬合、顎関節、顎機能に関して臨床に直結したテーマで研究を行っており、歯科補綴学における第一人者。
著書に『小出馨の臨床が楽しくなる咬合治療』(デンタルダイヤモンド社)、『舌を回して若返る』(日本文芸社)、『ほうれい線やたるみがスッキリ! ベロ回し体操』(東京書店)などがある。