「咀嚼回数ランク表」を活用して、噛むことを意識した食事をしよう

和洋女子大学の柳沢幸江教授と、(株)ロッテ、キユーピー(株)は、これまで共同で行ってきた食品ごとの噛む回数に関する研究成果をまとめ、ランク付けした令和版「咀嚼回数ランク表」を作成・公開しました。「咀嚼回数ランク表」は、子どもから中高年・高齢者まで全世代の〝噛む回数〟の指針として活用できるものです。「咀嚼回数ランク表」について、柳沢教授にお話を伺いました。

「咀嚼回数ランク表」開発に至った理由を教えてください。

現代の食事は、古代の食事に比べるとどんどん軟らかくなっています。食べものが軟らかくなると、咀嚼回数や咀嚼時間が減り、噛む力を低下させます。昭和50~60年代に、現場から「噛めない子どもたち」が増えているという問題が取り上げられました。それ以前は「噛むこと」は当たり前にできるものという認識で、あまり研究も行われていませんでした。ところが、さまざまな食べる経験を経てはじめて、子どもは「噛む」動作を習得して食べる能力を発達させていくのだということがわかってきました。

その後、社会認識として「噛むこと」は大切だと言われるようになりました。では、「よく噛む」食品とはどんなものなのか? 栄養学を専門とする私はその点に興味を持ち、1988年に「食物かみごたえ早見表」、1995年に「料理別咀嚼回数ガイド」を発表しました。ただ、「料理別咀嚼回数ガイド」は論文として発表したものではありません。さらに、現代の食生活は発表当時と比べると軟らかい食品を好むようになっており、調査対象食品のアップデートや咀嚼回数の測定条件の統一も必要でした。
そこでロッテと共同研究を行い、食品55品目の咀嚼回数を測定、さらにキユーピーにも研究に加わっていただき、食品60品目の測定を行い、それぞれ2020年、2022年に咀嚼学会誌で論文発表しました。※1 ※2
ロッテは「噛むこと」を通じて世の中に貢献していきたいという理念を抱き、ホームページ「噛むこと研究室」などを通じて啓発活動を発信しています。またキユーピーは、食の分野を受け持つ企業として、食と健康に貢献しています。「噛むこと」「食べること」による健康を追求する2つの企業と協力して、共同研究ができたことは大きな成果だと思います。


「咀嚼回数ランク表」
和洋女子大学 柳沢幸江、(株)ロッテ、キユーピー(株) 共同作成2022年

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「咀嚼回数ランク表」とは、具体的にどんなものでしょうか?

「咀嚼回数ランク表」は、咀嚼学会誌で発表した食品に47都道府県のご当地噛む名産品の研究結果 ※3 を加えた計142品目の咀嚼回数を10段階にランク付けしたものです。調査方法としては、噛む回数が平均的な被験者を選抜し、現在日常的に食べられている食品をそれぞれ各10gとりわけて、10gあたりの咀嚼回数をビデオ観察法で測定しました。平均的な咀嚼回数の被験者を選抜するために8品目の食品で物性測定を行い、物性が平均的で再現性の高い食品として魚肉ソーセージを採用しました。そして魚肉ソーセージ10gの噛む回数が多い、あるいは少ない被験者を除外し、平均的な咀嚼回数である被験者を選んで実験を行っています。

「咀嚼回数ランク表」でどのようなことがわかりましたか?

「咀嚼回数ランク表」は、ランク1が咀嚼回数0〜20回未満、ランク2(20〜30回未満)以降はそれぞれ10回ずつ回数を増やし、ランク10は100回以上で区分けしました。
たとえば、野菜はゆでると噛む回数が減ります。生のスティックにんじんはランク7(70〜80回未満)、生のせん切りにんじんはランク6(60〜70回未満)、ゆで・せん切りにんじんはランク4(40〜50回未満)。全世代に人気の餃子やハンバーグは、ランク3(30〜40回未満)と低いランクを示しました。また食べ物に含まれる水分や加熱調理方法によっても咀嚼回数は変化します。水分量が少ない食品は咀嚼回数が多くなります。加熱によって野菜は咀嚼回数が減り、肉類や魚介類は加熱によって咀嚼回数が増えます。

チューインガムは特に咀嚼回数が多いですね?

チューインガムはいつまでも噛み続けられる食品のため他の食品とは条件が違いますが、過去に論文 ※4 発表したビデオ観察法により5分間の咀嚼回数を測定した結果である430回を採用しました。チューインガムはいつでも手軽に噛み続けられる食品なので、食事以外の咀嚼手段として取り入れていくのも有効だと思います。

咀嚼回数を意識することで得られやすくなる効果は何でしょう?

図のように、食べる能力は誕生から死までのライフステージの間に発達し、老化とともに下降線を描きます。子どもの頃の発達期に咀嚼や嚥下の訓練ができていないと、維持期の食べる能力が低下してしまいます。小さい頃から日頃の食事で「噛むこと」を意識し食べる能力を高め、高齢になっても咀嚼や嚥下の訓練を取り入れることで、食べる能力の低下をゆるやかに抑えられるのです。

減退期に「噛むこと」ができなくなると、オーラルフレイル(口腔機能の衰え)の進行により、低栄養やサルコペニア(筋肉量低下)も進行し、介護や死亡率の増加といった負の連鎖を生みます。高齢者のオーラルフレイル対策としては、日常の食事を食べやすくするために何でも小さく軟らかくするのではなく、わざと大きく切ったりすることで、歯ごたえや咀嚼回数の増加になります。よく噛まないで早食いをしてしまう中高年の方も、咀嚼回数の多い食品を選んで「噛むこと」を意識することで早食いの予防につなげられます。
このように「咀嚼回数ランク表」は、全世代の方の「噛む」健康維持に役立てていただくことができます。冷蔵庫などに貼っていつも身近に置き、家族全員が「噛むこと」を意識していただければ良いですね。

柳沢先生オススメの咀嚼レシピ

【主食:煎り大豆ご飯】

煎り大豆・油揚げ・桜エビ(ちりめんじゃこでも可)を入れて炊き込む、しょうゆ味のご飯です。煎り大豆の噛み応えに、油揚げと桜エビの食感が混ざり、しっかり噛めるだけでなく、噛むほどにうま味が広がります。

【汁:きのこ汁】

いろいろな種類のきのこを大きめに切ってたっぷり入れてお味噌汁を作ります。青ネギの小口切りをのせていただきます。

【肉料理:鶏ささみのフレーク揚げ】

鶏ささみに天ぷら衣をつけた後、軽く砕いたコーンフレークをたっぷりつけて揚げます。やわらかい鶏ささみも、しっかり噛みごたえが出ます。オーロラソースにタバスコを少し入れて、コクのあるソースを添えます。

【野菜料理:切り干し大根と豚肉の炒め物】   

煮ることが多い切り干し大根を、豚肉の薄切りと刻みにんにくとで一緒にさっと炒めます。味付けはしょうゆのみで十分です。 

各社の取り組み背景

【ロッテ】1948年の創業以来ガムをつくり続け、「噛むこと」に取り組んできた中で、「噛むこと」には脳の活性化による認知機能改善や、集中力向上、ストレス低減、唾液量が増えることで口の中を清潔に保つことができるなど、様々な利点が明らかになってきています。一方で、近年の噛む回数や意識の低下といった「噛む離れ」を問題として感じており、実際に子どものお口の機能の発達不全や高齢者の口腔機能低下が生活の質低下を招いています。そこで、これまでも食品の噛む回数に関する表はありましたが、エビデンスを基に令和版の「咀嚼回数ランク表」を作成することで、噛む食品を知って貰い、日常に取り入れて貰うことで、「噛むこと」への意識を高めてもらえればと考えました。

【キユーピー】食育推進基本計画では「食育の推進に当たっての目標」の一つに「ゆっくりよく噛んで食べる国民を増やす」ことを推奨しています。しかし最近は固い食べ物より軟らかい食品が好まれる傾向にあり、意識して「噛む」ことが求められています。

キユーピーは創始者の「卵黄タイプで栄養価の高いマヨネーズで日本人の体格と健康に貢献したい」「野菜をサラダで食べるという新しい食文化を普及させることで健康的な食生活を送ってほしい」という想いがベースにあります。

生涯健康でいるためには、噛める状態を維持することが重要な要素であり、普段の食生活に咀嚼を必要とする食材が入り込み続けることが大事だと考えています。その代表的なものが野菜であり、さらには、より咀嚼を必要とするサラダメニューであると考えました。

そこでサラダの魅力を最大限活用するためにも、各食材の咀嚼回数を明らかにし、噛むに関する意識向上に貢献したいと考え、「咀嚼回数ランク表」の作成に取り組みました。

キユーピーHP「とっておきレシピ」内「噛むベジレシピ」特集:    
https://www.kewpie.co.jp/recipes/features/feature/656/

キユーピーHP「研究開発サイト」内「研究レポート」:
https://www.kewpie.com/rd/innovation-story/2022_04/

〈参照論文〉
※1「選抜された被験者による各種食品の咀嚼回数の検証」 日本咀嚼学会雑誌 30(2), 66-78, 2020.
※2「食品別咀嚼回数ランク表の食品数の拡充」 日本咀嚼学会雑誌 32 (1), 12-18, 2022.
※3「47都道府県の名産品における咀嚼回数測定」 薬理と治療 49(10), 1775-1780, 2021.
※4「チューインガムの咀嚼回数および咀嚼頻度について」 日本咀嚼学会雑誌 27(1), 10-17, 2017.

柳沢 幸江(やなぎさわ・ゆきえ)先生

和洋女子大学家政学部 健康栄養学科 教授
大学院総合生活研究科 研究科長
博士(栄養学)、管理栄養士
(2023年7月現在)

1984年女子栄養大学栄養学科卒業、92年女子栄養大学大学院博士後期課程修了、博士(栄養学)を取得。94年から和洋女子大学講師、助教授を経て、2007年同大学家政学部教授。16年~19年までに同大学家政学部長。20年~大学院総合生活研究科の研究科長。よく噛んで食事をすることの大切さを栄養的視点、食事学的視点から研究を続けている。日本咀嚼学会、日本摂食嚥下リハビリテーション学会、日本家政学会、日本調理科学会などの評議員も務める。著書に『そしゃくで健康づくり 育てようかむ力』(少年写真新聞社)などがある。