噛むことと健康長寿 噛むことと健康長寿の関係をご紹介いたします。

イキイキ長寿の秘訣は“ 噛むこと”にあり

昔の食べ物には、硬いものから軟らかいものまで歯応えにバリエーションがあったため、よく噛んで食べていました。しかし今は、歯応えのある食べ物が減ってしまっています。だからこそ今、噛むことを意識したいものです。

ガムを使った実験で、噛むことには様々な健康効果があることがわかっています。脳も活性化され、認知症の対策にもなります。現代人は健康のために、もっと噛むべきです。日頃から噛むことを増やすよう心がけましょう。

01:脳を活性化する!

噛むことと脳の活性化にはどんな関係があるのでしょうか。

○よく噛んで元気な脳をつくる

噛むことと脳の活性化の関係を調べるため、チューインガムによる実験を行ったところ、脳の種々の領域が活性化することがわかりました。噛むと運動野や感覚野をはじめ、運動プログラムをつくる補足運動野、運動や感覚を中継する視床(ししょう)、運動の学習や記憶に関わる小脳などの活性化が起こります。

○高齢者の前頭前野(ぜんとうぜんや)を活性化

脳の前頭前野は人間たる所以の「知」「情」「意」と深く関わっている領域です。具体的に挙げると、考える、コミュニケーション(対話)をとる、意思を決定する、喜怒哀楽を制御する、意識や注意を集中させる、意欲を出すなどで、もっとも知的で論理的な機能が局在しています。

調査によるとガムを噛む前と噛んだ後では、若い世代に比べて高齢者の方が、前頭前野の活性化する割合が高いことが判明しました。「年だから」とあきらめずに、ふだんからよく噛んで前頭前野を刺激して活性化することが大切です。

02:記憶力をアップする!

よく噛むと記憶力がアップします。そのメカニズムについて説明しましょう。

○よく噛むと多くの情報が脳に伝わる

私たちが取り入れる情報は五感情報です。食べ物を噛むと唾液と混ざり合って味が出ます(味覚)。臭いもします(嗅覚)。また、口の中には食べ物の温かさ、冷たさ、硬さ、やわらかさ、舌ざわりなどの感覚を受け入れる感覚受容器が存在しています(体性感覚)。食べ物を噛んでいるときには音がします(聴覚)。さらに食べる際には必ず眼を使います(視覚)。

つまり、噛むことは、五感情報を一挙に、かつ同時に脳に取り込むことができる唯一の方法なのです。五感から得たさまざまな情報は大脳に伝わり、さらに海馬(かいば)という場所に送られ、短期記憶として一時的に保存されます。

○高齢者の海馬を活性化

ガムを2分間噛んだ後の海馬の活動がどうなるか実験したところ、高齢者ほど活性化し、記憶力テストの成績も向上しました。年をとると海馬が萎縮し(小さくなり)、機能が衰えて記憶力が低下しますが、よく噛むことで海馬を活性化します。

03:空間認知能力をアップする!

一度低下してしまった空間認知能力も、噛むことで回復する可能性があります。

○空間認知能力とは?

私たちは、旅行先で散歩に出たときなどに、信号やポスト、お店などの位置から自分がいる場所を覚えて、元の場所に戻ってくることができます。この能力を空間認知能力といいます。空間認知能力にも脳の海馬が大きく関係しています。海馬には、物の大きさや形、位置、方向などを把握する働きがあるからです。

ですから、海馬の機能が落ちて空間認知能力が低下すると、場所がわからなくなり迷子になってしまいます。ふだんからよく噛んで、海馬を活性化することで空間認知力が低下しないようにしましょう。

○噛んで空間認知能力を回復

噛み合わせを悪くしたマウスと、正常に噛めるマウスを使って比較実験をしたところ、空間認知能力に明らかな違いが現れました。噛めない状態のマウスは、海馬への情報量が減り、空間認知能力が低下してしまったのです。

ところが、噛み合わせが悪い高齢のマウスの歯を修復して噛める状態に戻すと、1週間ほどで空間認知能力が回復しました。よく噛めるように歯を治療すれば空間認知能力が回復する可能性があります。健康な歯でよく噛むことを心がけましょう。

04:ストレスを解消する!

ストレスが長引くと、心身の不調をまねくばかりか、脳の海馬の神経細胞死が加速したり、神経細胞同士の伝達に支障が生じて、記憶力が悪くなることがわかっています。

○ストレスに負けない脳とは

ストレスに勝つか負けるか、そのカギを握っているのは脳の扁桃体(へんとうたい)と前頭前野です。ストレスになる出来事の快・不快が激しいほど、扁桃体が活発に活動しますが、この扁桃体の神経活動を抑えれば、ストレスを感じにくくなります。

また、ストレスで増強する前頭前野の神経活動を抑えれば、ストレスを認識することができません。ストレスに対する脳の反応を抑えれば、ストレスによるダメージを受けにくくなるというわけです。

○チューイングでストレス回避

ストレスを受けて増強した扁桃体と前頭前野の活動に、噛むことがどう影響するか調べるため、各世代の男女にヘッドホンで大音量の非常ベル音を聞きながらガムを3分間噛む実験を行いました。その結果、約8割の人の、ストレスを受けて増強した扁桃体と前頭前野の活動を抑えることができました。ガムを噛むことによって不快なストレスを回避できることがわかったのです。

イヤなことがあったとき、イライラしたときは、ガムを噛んでみてください。気持ちが楽になるはずです。

05:よく噛んで生活習慣病対策

生活習慣病とは、食習慣や運動習慣、喫煙などの習慣が要因となる病気のことです。

○肥満にならないために

肥満は、主に食習慣によって陥り、さまざまな病気の要因になりかねません。肥満にならないように、しっかり噛んで食べることが大事です。しっかり噛んで食べると、脳にある満腹中枢から「もうおなかがいっぱいだから食べなくていいよ」というサインが早く出ると同時に「おなかがすいたから食べよう」という摂食中枢のサインにストップがかかります。これで少量でも満腹感が得られ、食べすぎずにすみます。

女子学生53人に、食事をとる直前に10分間だけガムを噛むことを続けてもらったところ、9週間後に約7割の人の体重が減っていました。チューイングダイエットもいいですね。

○チューイングで生活習慣病対策

脳梗塞(のうこうそく)や心筋梗塞(しんきんこうそく)など命にかかわる重大な病気の原因は、動脈硬化です。動脈硬化を促進するのが、糖尿病や高血圧、脂質異常症などの生活習慣病。このすべてに共通する危険因子が内臓脂肪です。

チューイングによるダイエットを9週間行った結果、善玉のアディポネクチンが増え、悪玉のPAI-1(パイワン)や中性脂肪が減少しました。チューイングは、肥満だけでなく、生活習慣病の対策にもなるのです。

※監修
小野塚 實(おのづか・みのる)

日本体育大学保健医療学部教授、神奈川歯科大学名誉教授、「咀嚼と脳の研究所」所長。医学博士、理学博士。専門は、老年学、脳神経生理学。「咀嚼」研究の第一人者。NHK日曜フォーラム、NHKラジオ深夜便、講演会等で活躍。著書「認知症を『噛む力』で治す」SBクリエイティブ、「噛めば脳が若返る」PHP研究所、「噛むチカラで脳を守る」「噛むチカラでストレスに勝つ」健康と良い友だち社他多数。