作業記憶ってなに?記憶と噛むことの関係性とは?
勉強や仕事を長時間続けると集中力が低下して効率が落ちる、という経験をしたことがある人は多いのではないでしょうか。作業効率が落ちる原因のひとつが、「作業記憶(ワーキングメモリ)」の低下です。千葉大学子どものこころの発達教育研究センター教授・平野好幸先生らの研究では、作業記憶の回復に噛むこと(咀嚼)が効果的であることが確認されています。今回は、噛むことと記憶の関係について、平野先生にお話を伺いました。
「作業記憶」とは、どのような記憶なのでしょうか?作業記憶とは、何かの作業をするときに必要な情報を記憶から取り出して、情報を一時的に保つ能力です。記憶の内容を検索したり、参照したりするなど、現在進行中の作業に深くかかわっていると考えられています。
記憶には、一瞬だけ覚えて忘れてしまう「短期記憶」、記憶が保存されて時間がたっても思い出せる「長期記憶」など、いくつかのタイプがあります。
例えば、単語を覚えるために単語帳を作るとしましょう。単語を単語帳に書き写すとき、一時的に記憶されますが、それだけでは暗記されたことになりません。何度も単語帳を参照するうちに、長期記憶として保存されます。いざ試験の長文読解で、覚えた単語を思い出して回答できるのは、作業記憶が長期記憶にアクセスしているからなのです。
記憶には、一瞬だけ覚えて忘れてしまう「短期記憶」、記憶が保存されて時間がたっても思い出せる「長期記憶」など、いくつかのタイプがあります。
例えば、単語を覚えるために単語帳を作るとしましょう。単語を単語帳に書き写すとき、一時的に記憶されますが、それだけでは暗記されたことになりません。何度も単語帳を参照するうちに、長期記憶として保存されます。いざ試験の長文読解で、覚えた単語を思い出して回答できるのは、作業記憶が長期記憶にアクセスしているからなのです。
なぜ噛むことと記憶の関係性に注目したのでしょうか?マウスを用いた別の空間記憶の実験で、噛むことが脳に影響を与えることがわかったからです。空間記憶というのは、例えば、ゴールに置いたエサに向かってマウスが迷路を進むとき、道順を学習するような記憶です。
実験では、マウスの歯を削ってうまく噛めないようにしたところ、削る前に比べて空間記憶が低下しました。それにより、噛むことが海馬に影響を与えることが確認できたのです。この空間記憶の実験から、咀嚼は認知機能に影響があるのではと考え、その認知機能を実行するために使われる作業記憶に着目しました。認知機能とはいわゆる記憶、思考、理解、計算、学習、言語、判断などの知的な能力のことを指します。これまでにも、噛むことが記憶力や注意力を増強させるという研究は行われてきていますが、増強されているのが記憶力なのか注意力なのか、どのタイプの記憶なのかが、はっきりとわかっていませんでした。
そこで私たちは、2008年に、fMRI(機能的MRI)という手法を用いて、噛むことによる脳内の変化を調べました。
MRI(核磁気共鳴画像)は病院にあるので、みなさんもご存じでしょう。強力な磁場を使って体内の状態を画像化する装置です。MRIを使った検査では画像を断面図にして体の異常がないかを調べたりしていますね。
実験で使用したfMRIとは、MRIを使った撮り方のことです。MRI画像を非常に短時間で連続して撮ることで、脳のどの部分が活動しているのか、連続的な脳の働きの変化として捉えることができます。
実験では、マウスの歯を削ってうまく噛めないようにしたところ、削る前に比べて空間記憶が低下しました。それにより、噛むことが海馬に影響を与えることが確認できたのです。この空間記憶の実験から、咀嚼は認知機能に影響があるのではと考え、その認知機能を実行するために使われる作業記憶に着目しました。認知機能とはいわゆる記憶、思考、理解、計算、学習、言語、判断などの知的な能力のことを指します。これまでにも、噛むことが記憶力や注意力を増強させるという研究は行われてきていますが、増強されているのが記憶力なのか注意力なのか、どのタイプの記憶なのかが、はっきりとわかっていませんでした。
そこで私たちは、2008年に、fMRI(機能的MRI)という手法を用いて、噛むことによる脳内の変化を調べました。
MRI(核磁気共鳴画像)は病院にあるので、みなさんもご存じでしょう。強力な磁場を使って体内の状態を画像化する装置です。MRIを使った検査では画像を断面図にして体の異常がないかを調べたりしていますね。
実験で使用したfMRIとは、MRIを使った撮り方のことです。MRI画像を非常に短時間で連続して撮ることで、脳のどの部分が活動しているのか、連続的な脳の働きの変化として捉えることができます。
その実験から、作業記憶と噛むことはどのように関係しているとわかったのでしょうか?噛むことで、脳の作業記憶を司る部分が活性化されることが確認できました。
作業記憶の実験方法としては、MRI装置内のスクリーンに「A、D、B、A…」などの文字を1秒間隔で1秒間表示し、被験者には、2つないし3つ前の文字と同じ場合にボタンを押してもらって計測しました。
噛まないときと、無味無臭のガムを1秒間に1回のリズムで60回噛んだときのBOLD信号(脳活動を反映する信号)の上昇率と正答率を比較しました。実験の結果、ガムを噛まない状態で作業を続けるにつれ、正答率とBOLD信号が低下しましたが、ガムを噛むと、直後には正答率が上がるうえに、BOLD信号も回復しました。
また、脳の血流の反応がよくなり、前頭前野の作業記憶に関わる部位が活性化されていることがfMRIで確認できたのです。
つまり、噛むことは、脳に対して作業記憶を促進させる働きかけをしていると考えることができます。
作業記憶の実験方法としては、MRI装置内のスクリーンに「A、D、B、A…」などの文字を1秒間隔で1秒間表示し、被験者には、2つないし3つ前の文字と同じ場合にボタンを押してもらって計測しました。
噛まないときと、無味無臭のガムを1秒間に1回のリズムで60回噛んだときのBOLD信号(脳活動を反映する信号)の上昇率と正答率を比較しました。実験の結果、ガムを噛まない状態で作業を続けるにつれ、正答率とBOLD信号が低下しましたが、ガムを噛むと、直後には正答率が上がるうえに、BOLD信号も回復しました。
また、脳の血流の反応がよくなり、前頭前野の作業記憶に関わる部位が活性化されていることがfMRIで確認できたのです。
つまり、噛むことは、脳に対して作業記憶を促進させる働きかけをしていると考えることができます。
正答率もBOLD信号も、噛んだあとに向上するのは、なぜでしょうか?この実験は「咀嚼が、作業記憶に影響を与えるのかどうか」というのが研究の目的だったので、「なぜ」というところまでは明らかにはなっていませんが、
なぜなのかを考えて最終的に思い当たったのが、「覚醒水準が上昇したのではないか」ということです。言葉で例えるとすれば頭が冴える、といった感じです。
課題を長時間続けたあとにガムを噛むと、脳がリフレッシュして注意力が向上するから、作業記憶が回復するのではないか……。そのような仮定から、2013年、噛むことが「注意」に及ぼす影響も調べました。すると、ガムを噛むことで、矢印の方向を回答するまでの応答速度が短くなるだけでなく、注意に関係している脳の場所の活動も高まることがわかったのです。
噛むことが、注意に関する脳内のネットワークを活性化することを、画像で計測することができました。
なぜなのかを考えて最終的に思い当たったのが、「覚醒水準が上昇したのではないか」ということです。言葉で例えるとすれば頭が冴える、といった感じです。
課題を長時間続けたあとにガムを噛むと、脳がリフレッシュして注意力が向上するから、作業記憶が回復するのではないか……。そのような仮定から、2013年、噛むことが「注意」に及ぼす影響も調べました。すると、ガムを噛むことで、矢印の方向を回答するまでの応答速度が短くなるだけでなく、注意に関係している脳の場所の活動も高まることがわかったのです。
噛むことが、注意に関する脳内のネットワークを活性化することを、画像で計測することができました。
日常で噛むことを意識すれば、作業記憶や注意力は鍛えられますか?今のところ作業記憶についても注意力についても、持続期間を測る研究はされていませんが、私は噛むことによる効果は長続きしないのではと考えています。続ければ鍛えられるのかどうか、というのは現時点では明らかになっていないということです。
とはいえ、噛むことによる脳の活性化は広い分野に及びます。
咀嚼には、消化を促すこと以上の効果がある、といえるのかもしれません。
噛めば噛むほどいいかどうかはわかりませんが、噛むことが認知機能のパフォーマンスに影響を与えている、というのはいえると思います。噛むことは、脳を働かせるためにはとても大切なことですから、ふだんからよく噛んで食べることを心がけて、歯の欠損や不具合がある場合は、歯科で治療を受けて、違和感なく噛めるようにすることをお勧めします。
とはいえ、噛むことによる脳の活性化は広い分野に及びます。
咀嚼には、消化を促すこと以上の効果がある、といえるのかもしれません。
噛めば噛むほどいいかどうかはわかりませんが、噛むことが認知機能のパフォーマンスに影響を与えている、というのはいえると思います。噛むことは、脳を働かせるためにはとても大切なことですから、ふだんからよく噛んで食べることを心がけて、歯の欠損や不具合がある場合は、歯科で治療を受けて、違和感なく噛めるようにすることをお勧めします。
平野 好幸(ひらの・よしゆき)先生
千葉大学 子どものこころの発達教育研究センター 教授
(2023年7月現在)
2007~2011年、Laboratory of Functional and Molecular Imaging, National Institute of Neurological Disorders and Stroke, National Institutes of HealthのSpecial Volunteer、Visiting Fellow。2011年から千葉大学大学院医学研究院子どものこころの発達研究センター(現:千葉大学子どものこころの発達教育研究センター)へ。特任助教、特任講師、特任准教授、特任教授を経て、2018年に教授就任。量子科学技術研究開発機構・量子医科学研究所・分子イメージング診断治療研究部・協力研究員(2016年~)、大阪大学大学院 大阪大学・金沢大学・浜松医科大学・千葉大学・福井大学 連合小児発達学研究科教授(2017年~)も兼務。