ハート・リングフォーラム2023

口から考える認知症
食べるチカラで、生きるチカラを

主催:読売新聞東京本社、NPO法人 ハート・リング運動
後援:厚生労働省、日本医師会、日本歯科医師会、日本看護協会
協賛:株式会社ロッテ
制作協力:一般社団法人 口の健康と食べる力を支える会

「歯科治療を通して日常生活を支える」を掲げ、外来だけでなく、訪問診療にも力を入れている歯科医師・菊谷武さん。「ハート・リングフォーラム 2023」では、患者さんそれぞれに適した摂食・嚥下に対するリハビリテーションを追求する菊谷さんのドキュメンタリーを通じて、「食べる力は生きる力」についてお伝えしていきます。

→ 講演の詳細がご確認いただけるHPはコチラ

【講演1】 食べるを支える 食べられないを支える ―終末期の食支援―

患者さんの食べるを支えるには、「治療的アプローチ」「代償的アプローチ」「環境改善的アプローチ」の3つがあります。「治療的アプローチ」は、リハビリをして“治す”ことを目標に行います。一方、「代償的アプローチ」は、食事の内容や姿勢、食べるタイミングなどを工夫し、“食べられるようになる”ことを目標に行います。これは、良くなる過程を過ぎてしまった維持期以降の方に有効で、ほぼ全ての人たちが一定以上の効果を示します。また、在宅介護や一人暮らしの方のために、弱い力でも食べられる食品の普及といった、地域全体で「食べる」を支える「環境改善的アプローチ」にも、私たちは取り組んでいます。

歯科医師には「歯科治療」「口腔ケア」「摂食指導」の3つの武器があり、患者さんによってそれらをどのように組み合わせていけばいいか考えます。口腔がんだった80歳代の方には、入れ歯の調整で口内の痛みをやわらげ、最後に郷土食を召しあがっていただくことができました。人の手を借りることを拒否していた90歳代の方は、好きだったコーラを自由に飲んでいただくことで水分が取れるようになり、口から食べるきっかけをつくりました。咀嚼(そしゃく)するというのは実は大変難しい能力で、無理しないように食べる人、しっかり食べられる人というのをきちんと見極めるのも重要なポイントになります。

在宅医療では、医学的リスクを避ける「善行原則」よりも、ご本人や家族の希望を叶える「自律尊重原則」の方が、どちらかというと優先されます。負の傾きを受け入れ、無理をせず、食べたい時に食べたいものを食べるようにすると意外と食べられるようになりますし、食べることが実現すれば、家族の心のケアにも繋(つな)がります。食べられなくなっていく過程で、物語としての「食」を支えることが私たちの仕事です。在宅医療がどんどん推進される中、「家に帰ってきたことを後悔させない」を理念に、これからも地域での訪問診療を続けていきたいと思っています。

<プロフィール>

昭和63年日本歯科大学卒業。現在、日本歯科大学教授で、東京小金井市にある同大学口腔リハビリテーション多摩クリニック院長を務める。クリニックでは、「スプーン一杯でも食べさせてあげたい」「他の子と同じように上手に食べて欲しい」と求める介護や療育の現場で“食べる”を支えている。

【講演2】 認知症をめぐる言葉と時代

時代と共に認知症をとりまく環境は変化してきました。かつての「痴呆」という名称も「認知症」となり、現在では「その人らしく」、「尊厳」、「パーソンセンタードケア」、「認知症カフェ」といった言葉であふれる社会になりました。認知症を抱える方に寄り添うと共に、人格や尊厳は失われないのだという価値観の転換が起き、現在は地域社会の中で、一般の人たちと共生していくことが到達点とされています。

そして昨今、さらに認知症に対する人々の認識が変化してきています。ご本人が公の場でメッセージを発信してくれるようになり、その症状や思いを私たちが学ぶことができるようになったことが大きな要因です。「(記憶が)瞬間的に消える」「記憶がないということは明日に自信がもてないんです」……認知症の記憶障害を、私たちはド忘れやちょっとした物忘れの延長のように考えがちですが、こうした本人たちの言葉を聞くと、そこに大きな認識不足を感じます。その一方で、「まだできることはある。できないことだけをサポートしてほしい」「不便ではあるが不幸ではない」など前向きな発言も見られます。いまだに認知症には差別や偏見が残っています。最近、「認知症」のことを侮蔑的なニュアンスを込めて「ニンチ」と呼ぶ方がいますが、「ニンチと呼ばないで」というご本人のメッセージを、我々はしっかりと受け止めるべきだと考えます。

また、年を重ねて認知症を発症しても、おいしく食べることは生きていく上での根幹です。介護現場では、食べることの玄関になっている口・口腔のケアはまだ十分に行き届いているとはいえません。「使わなければ使えなくなる」という有名な言葉がありますが、からだの様々な機能をいつもメンテナンスしておくため、そして口の健康を維持するための知識を得て、いつまでも「自分らしく」元気で過ごしてほしいと思います。

<プロフィール>

1992年より編集者として、認知症や介護、老年心理学などの分野の出版に携わってきた。現在、NPO法人認知症ラボ理事長として、YouTubeチャンネル(認知症スタジアム)を運営。他に、株式会社harunosora代表取締役、日本老年行動科学会常任理事、雑誌「カイゴのチカラ」編集委員など。

菊谷先生以外にも著名な歯科医師・医師によるお口の健康と全身の健康を守るための

多数の市民講座が、どなたでも無料でご覧いただけます。

「口腔健康サポーター市民講座」お口の健康から、健康寿命を延ばしましょう。
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【ドキュメンタリー動画】 
幸せの記憶~食べるを支える歯科医~

◆地域医療と連携し一人ひとりに寄り添う治療を

重い障害や難病を抱えている患者さんを中心に、食べることや飲み込むことを専門にした「日本歯科大学 口腔リハビリテーション多摩クリニック」。院長の菊谷さんが率いるこのクリニックでは、外来だけでなく訪問診療にも力を入れ、患者さんの口の健康を支えてきました。歯科医師・歯科衛生士・管理栄養士・医療ソーシャルワーカー・言語聴覚士が勤務し、他の医療機関と連携しながら地域医療の中核を担っています。「患者さん一人ひとりの背景や思いで対応が違ってくるので、こうやったらうまくいくというのは本当にありません」。人によって異なる対応やリハビリを、菊谷さんはスタッフと共に様々な視点から丁寧に探っていきます。

◆口からおいしく食べることは生きる力に繋がる

難病を抱え、経管栄養中心の生活を送っていた患者さんへの訪問を続け、7年ぶりに普通食を口にする日がやってきました。好きだったカキフライを再び食べられるようになった患者さんの姿を見たご家族は、「家族でおいしいものを食べる時間を大事にしてきました。父にとって、食べるということがこれからの人生の大きな楽しみと生きがいの一つになりました」と話します。食べられなくなると、生命維持のためにどうやって栄養をとるのかを一番に考えがちになります。しかし、口からおいしく食べることは、生きる力にも繋がっていくのです。

◆噛む力が客観的にわかる「咀嚼チェックガム」

多摩クリニックでは、舌の筋力や噛(か)む力がどの程度あるのか、食べることに繋がる大事な検査も行っています。適切な治療を行うため、噛める力が残っている人には、菊谷さんは東京医科歯科大学とロッテが共同で開発した「咀嚼チェックガム」を使っています。1秒1回で60回噛んだ時の色の違いで噛む力を測定し、どのレベルまで噛めるのかを客観的に確かめることが可能で、入れ歯を調整するのにも大いに役立ちます。

◆訪問診療の経済的自立を目指して

「コール一つで看護師さんやドクターが来てくれる病院と違って、在宅医療はとても不安なものです。それをバックアップできる体制を整えて、在宅で最後を迎えたいと希望されている方を支えることがしたかった。この医療モデルを普及させ、これから増えていく在宅患者とそのご家族を支えるためにも、訪問歯科が自立運営できるようにしていきたいと思っています」。菊谷さんの見据える頂はまだ先にあります。