集中力が高まったり、身体能力が向上したり、噛むことの効用について見聞きしたことのある人も多いことでしょう。実は、『噛むことが脳波に影響する』ことを科学的に証明した研究が、2008年に発表されています。今回は、その研究チームのリーダーだった自然科学研究機構・生理学研究所の柿木隆介教授(現在は名誉教授)に、噛むことで脳波に起こる変化について詳しくお話を伺いました。
日常生活のなかで、運転中の眠気覚ましや、勉強や仕事で集中力を高めようとガムを噛む方もいらっしゃると思います。テレビなどで、野球選手やサッカー選手が試合中にガムを噛んでいるのを見たことがある方も多いことでしょう。これはおそらく、噛むことで瞬間的な運動能力を高められることを経験的に知っているからです。ある研究では、「ガムを噛んだ後に短距離走をすると、タイムが短縮した」という報告もありました。
ただ、噛んだ後の具体的な効果を科学的に検討した研究は、これまでありませんでした。そこで私たちは、噛むと脳に変化があるのか、「P300」という脳波を使って科学的に検証したのです。
すると、ガムを噛んだときに「P300」の認知時間や反応時間が最も短縮し、噛む運動をくり返すほど、その効果が顕著に現れたのです。ガムを噛まないときには、認知時間や反応時間に変化が見られませんでした。あごの運動やタッピングでは、認知時間も反応時間も逆に長くなり、くり返すほどその傾向は強くなりました。
※ガムをかむ前の値を0にして、その後の変化を示す。
この実験結果により、よく噛むことが脳を活性化するということが、客観的なデータで証明されたわけです。また、噛むことは、あごを動かしたり指を動かしたりする動作とは異なる、特別な運動であることもわかりました。
そのほかの認知力や知能といった分野に関してや、どうして効果が出るのかといったメカニズムの部分については、まだまだ研究の余地があると思います。私たちの研究に限らず、より有用な成果が得られることを期待しています。
柿木 隆介(かきぎ・りゅうすけ)先生
自然科学研究機構・生理学研究所 名誉教授
医学博士
日本神経学会専門医、日本内科学会認定医
(2023年7月現在)
九州大学医学部卒業。神経内科の臨床修練を行うかたわら、脳波研究で学位を得る。ロンドン大学に留学後、佐賀医科大学を経て、1993年より自然科学研究機構・生理学研究所の教授に赴任。脳波に加え脳磁図を主要研究テーマとして研究を遂行。近年は機能的MRI、近赤外線分光法(NIRS)、経頭蓋的磁気刺激法(TMS)などの研究も行う。体性感覚、痛覚などの脳内認知機構の解明や、言語、顔認知などの高次脳機能の解明など、研究テーマは多岐にわたる。学術論文のほかに一般書も多く執筆。著書に『脳にいいこと 悪いこと大全』(文響社)、『どうでもいいことで悩まない技術』(文響社)、『世界に「かゆい」がなくなる日』(ナツメ社)、『もう、人づき合いで悩まない技術 女性のための脳のトリセツ』(扶桑社)、『記憶力の脳科学』(大和書房)、『読むだけでさみしい心が落ち着く本Look at me症候群の処方せん』(日本実業出版社)などがある。