私たちが食べ物を口に入れて感じるおいしさには、食べやすさが関係しているといいます。食べやすいと、なぜ「おいしい」と感じられるのでしょうか。そのメカニズムについて、食品や料理など、食べ物の特性と形状、感覚機能を研究されている神山かおる先生にお話を伺いました。
「味(Taste)」としては、「甘味」「塩味」「酸味」「苦味」「うま味」が基本5味として知られていますが、ここでいう風味とは、化学的な刺激、つまり味とにおい成分が人のもつセンサ、受容体に触れて初めて生じます。例えば、リンゴや生野菜のような固形状の食品は、口に入れて噛むことで、味成分が放出されてから、ようやく「味」がはっきりとわかります。もう一方の「食感(Texture)」は、口に入れたときの舌触り、噛んだときの噛み心地などを指しています。生活の中であまり意識されることはないかもしれませんが、食感は「おいしさ」を感じるのに非常に重要な要素です。直接的な噛む力だけでなく、「ポリポリ」とか「サクサク」といった噛むときの音や、「形状」「温度」「粘り気」「表面の舌触り」「水分」「脂分」なども食感に関係しています。
食べ物のなかには、介護食や流動食のように、咀嚼をせずに摂取できるものもありますが、そのような食事がおいしくないといわれがちなのは、食感の変化が少ないからなのです。
いずれにしても、「おいしさ」を感じるためには、食べ物を口に入れて噛むことが必要です。最近ではSNSの発信によって、写真や動画などでさまざまな食べ物を目にすることができるようになりましたが、視覚で「おいしそう」と感じても、見ただけで風味や食感はわかりません。つまり、実際に口に入れて、風味と食感を感じて初めて、「おいしそう」が「おいしい」になるわけです。
食事は人生の楽しみのひとつですから、「おいしさ」が感じられることは大切というわけです。
また、食べやすい大きさもありますし、その人の噛む能力に合うかどうかも、食べやすさの重要なポイントです。
食べる行為の一連の流れを簡単に説明すると、一口大の食品を口に入れ、飲み込める状態になるまで、歯で噛み砕き、つぶした食物を舌を使って唾液と混ぜ合わせて食塊をつくってから、飲み込みます。
しかし、長ネギのように、繊維質で噛み切りにくい物は小さくても飲み込みにくいですし、乾パンのように、水分が少なく粉っぽい物は、口の中で噛み砕けてもパサパサしてまとまりにくく、飲み込みやすい形状の食塊になりません。つまり「食べにくい食品」と感じられるでしょう。
食べる能力が低く、よく噛めないと、柔らかいものばかり食べるようになり、食べる食品の種類が減ってしまいます。その結果、栄養のバランスが悪くなり、身体機能の低下につながるなど、生活全般に影響を及ぼすことになります。食べる能力の下降線は咀嚼や嚥下の訓練で、ゆるやかにすることができると知られていますので、日頃の食事から、意識してみることが大切です。
繰り返しになりますが、よく噛んで食べることは、食の楽しみから生活を豊かにします。噛む能力の維持はもちろん、「おいしさ」の決め手である「風味」と「食感」を持つ食品を味わうという観点からも、よりよい食事が続けられるように工夫をしてみてください。
神山 かおる(こうやま・かおる)先生
国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構 食品研究部門 研究推進部研究推進室渉外チーム
(2023年7月現在)
お茶の水女子大学理学部化学科を卒業。食品総合研究所入所。主任研究官、研究室長、ユニット長などを歴任し、現職。30年以上にわたり、食品物性とテクスチャー評価法を研究。評価対象は、農産物の品質や加工性、食品素材の物理化学的性質、最終的に食べられる食品や料理の食感など。力学特性の機器分析、摂食中のヒトの計測法など、さまざまな評価技術を駆使している。博士(農学)、博士(歯学)。