正しい噛み合わせで噛むことは普段の生活でも大切ですが、スポーツにおいても重要な役割を担っています。
スポーツ歯学を専門とする東京歯科大学の武田友孝准教授は、競技に必要な、様々な力を入れる瞬間に噛むことがパフォーマンスに影響すると指摘します。
むし歯が引き起こす体のトラブル
そのために重要なのは正しい噛み合わせです。噛み合わせが悪くなるのは、歯並びの影響もありますが、むし歯や歯の欠損も原因。むし歯が炎症を起こすと痛みが出て、患部を避けて噛むようになります。これではバランスの悪い偏った咀嚼となり、次第に噛み合わせが悪くなってしまいます。
噛み合わせの悪い咀嚼は、あごを動かしにくく、頭が傾いて重心がずれ、体が不安定な状態に。すると、バランスをとるために、別の部位に負担がかかり、一般の人でも首痛や肩こり、腰痛などを引き起こす要因となります。
体力づくりやエネルギーなどの補給のため食事の回数が多く、比較的糖分の多いドリンクを日常的に摂取するアスリートたちは、むし歯になりやすい環境下にあります。歯のトラブルは選手たちにとって深刻な問題です。
典型的な例は海外遠征で生じます。高高度を飛ぶ飛行機の中では気圧が変わり、むし歯などが痛み出す航空性歯痛を起こす場合があります。現地に着いてから、痛みが治まらなければ競技に出場できないことにもなるでしょう。出場したとしても、充分な栄養が取れない、痛みで集中できない、競技中にきちんと噛めないなどで、質の高いパフォーマンスを望めません。
「噛む」ことで力を発揮
武田准教授は「噛むことで大脳の咀嚼運動野が活性化される、これが全身の筋力アップにつながることがあると考えられています。たとえば、重量挙げなどの競技では噛みしめが効果を示します」と話します。
パワーが求められる種目での影響は以前から指摘されていたものの、速くスムーズな動きが必要な陸上などの競技では、噛むことの影響はあまり語られてきませんでした。
「そこで、私たちの最近の研究では、噛むことが競技中、どのように影響するか調べました。陸上の例では、クラウチングスタートのときは、姿勢を保つために噛みしめて体を固定。スタート直後の5、6歩は地面を強く蹴って加速するため、ぐっと噛み、体のぶれを防ぎ、力を逃がさないようにしています。その後はゴールまで、噛む力を抜いています」。ウサイン・ボルト選手が加速後、口を開けて走るのは余分な力が抜けているから。このような時、噛みしめて力んでいては、うまく動けないのです。
また、ラグビーでタックルを仕掛ける瞬間、野球でのバットで球を打つ瞬間もやはり噛んでいます。瞬発的に力を出す場面では噛むことで体を安定させ、力を発揮するようです。
球技など多くのスポーツでは、動きのある動的な場面と、姿勢を保つ静的な場面が激しく切り替わり、優れたプレーヤーは場面に応じて「噛む」「噛まない」を上手に使い分けます。試合の大事な場面できちんと噛めるようにするために、普段のむし歯のケアや正しい咀嚼が大切なのです。
アスリートのみならず、クオリティー・オブ・ライフ(生活の質)を保つうえでは、運動習慣は効果的です。正しい噛み合わせと咀嚼も意識しながら運動を楽しみましょう。
武田 友孝(たけだ・ともたか)
東京歯科大学
口腔健康科学講座
スポーツ歯学研究室准教授
歯学博士
1983年日本大学歯学部卒業後、87年日本大学大学院歯学研究科(補綴<ほてつ>学専攻)を修了。歯学博士。94年から関東ラグビーフットボール協会メディカルソサエティ歯科委員を務めるとともに、97年から日本オリンピック委員会強化スタッフ。98年シドニー大学歯学部などへの留学を経て、99年日本大学講師(歯学部歯科補綴学)、同年から東京歯科大学講師(スポーツ歯学研究室)。2003年から現職。
ロッテ 季刊広報誌「Shall we Lotte」より