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「噛むこと」=スポーツトレーニング
毎日の食事などで、なにげなく繰り返している「噛む」という行為には、スポーツに役立つチカラがあることを知っていますか?特に発育期には、「よく噛んで、味わって食べる」ことが歯や口の健康だけでなく、筋肉や心の発達にも重要であるといわれています。
また、集中の連続で脳が疲れてきたときにガムを噛むと、精神的な疲労が回復することも、最近の研究でわかってきています。集中力を高めるためにガムを採り入れるスポーツ選手も 多く見かけるようになりましたね。
ここでは、ふだんあまり意識していない「噛む」こととスポーツの関係についてわかりやすく説明していきます。さまざまなスポーツのトレーニングに「噛む」ことをプラスすることで新な発見がみつかるはずです。
01:「噛む」ことは本当にスポーツ効果を生むのか。
最近、「噛む」ことについてのさまざまな研究が進んでいます。
私たちが食べ物などを「噛む」ときには、口の周りの筋肉を使いますが、その筋肉を専門的な言葉で「咀嚼筋」といいます。以前から、この「咀嚼筋」は、スポーツをするとき、有効に働くのではと考えられてきましたが、科学的に証明されてはいませんでした。そこで、実際にプロスポーツ選手の協力を得ながら研究を進めた結果、やはり「噛む」こととスポーツには 密接な関係があることがわかってきたのです。
02:局面で「噛む」スポーツ選手の真意。
明海大学・大川教授の研究では、サッカーの選手にはキックの時、野球の選手にはバッティングとピッチングの時、バレーボールの選手にはスパイクの時、ハンドボールの選手にはシュートの時に、それぞれの選手に特別な装置をつけてもらい、その瞬間の「咀嚼筋」の活動量を測定しました。
すると、明らかに強い動作を行うタイミングで「咀嚼筋」も動いていることがわかりました。(図①)このことは、スポーツ選手は身体を動かす際に、噛みしめていたということを意味します。やはり「噛む」こととスポーツは関係しているといえるでしょう。
監修 大川周治 明海大学 歯学部 教授
03:強く「噛むこと」で脳が活性化される。
スポーツのプレー中には、その場で瞬間的な判断が必要な場面がありますね。そんなときは、身体のキレとともに、頭のキレも求められます。
病院で脳の検査などに使われる「MRI 」と 装置で噛んでいるときの脳の状態を調べた結果、「噛む」力が強いときほど、脳が活発に動いていることがわかりました。
また、別の装置で脳の血の流れを測定してみると、やはり「噛む」力と比例していました。つまり、「噛む」と血の巡りが良くなり、判断力がアップするというわけです。
04:筋力の伝達は「噛むこと」から始まる。
上の歯と下の歯が合わさるとき、「噛んだよ!」という情報が脳の「運動野」という場所に伝達されます。 すると、脳はその情報を受けて刺激され、身体を動かす「骨格筋」などの反応や動きに影響を与えます。
ある実験では、ガムを噛んだあとに、「膝関節」の筋力を測定したところ、 ガムを噛まなかったときに比べて約8%も筋力がアップしていました。このことからも「噛む」ことは、筋力アップにつながり、 結果として質の高いプレーを生み出す可能性があるといえます。
監修 石上惠一
東京歯科大学 特任教授 / 日本オリンピック委員会(JOC)強化スタッフ・スポーツドクター / 日本体育協会公認 スポーツデンティスト
05:「咀嚼筋」から養われるバランス感覚。
野球のスイングで下半身が不安定だと良いバッティングができないように、あらゆるスポーツをするとき、安定した姿勢を保つことはとても重要です。
私たちの身体は、姿勢のバランスが崩れたときに、無意識に姿勢を元に 戻そうとして「抗重力筋」と呼ばれる筋肉が働きます。 その「抗重力筋」のひとつが、「噛む」ときに使う「咀嚼筋」なのです。 バランス能力と咀嚼筋には密接な関係があることが知られています。
日頃から良く噛んで、この筋肉を強化すること がバランス能力の維持・強化につながると考えられます。
06:ここ一番に歯をくいしばれるかは、日頃の「噛む習慣」が大切。
噛みしめることで、身体に「ホフマン反射(H反射)」と呼ばれる反応が 起こり全身の働きを向上させることができます。 噛みしめて立ってみてください。ふらつかず、しっかり立てるような気がしませんか?
また重たい荷物を持ち上げるとき、無意識に歯を噛みしめたりすることがあると思います。このような作用を強化するためには、「咬合力」の向上が必要であり、「咬合力」を アップさせるためには噛むときに使う「咀嚼筋」を日頃からよく働かせることが大切です。
監修
武田友孝
東京歯科大学 口腔健康科学講座 スポーツ歯学研究室 准教授 / 日本オリンピック委員会(JOC) 強化スタッフ・スポーツドクター
日本体育協会公認 スポーツデンティスト / 日本スポーツ歯科医学会認定医
中島一憲
東京歯科大学 口腔健康科学講座 スポーツ歯学研究室 講師 / 日本スポーツ歯科医学会認定医
07:体力測定から見える「噛むこと」のスポーツ効果
小学校6年生の児童に協力を得た実験があります。児童 には、普段の食事についてのアンケートに答えてもらい、 さらに一人一人の「噛む」力も計りました。そして、全員の 体力測定との関係を調べたところ、 食べることに関心の高い児童や、野菜を多く食べる児童は、 「噛む」力も強く、運動能力も高かったのです。
このことから「噛む」ことと運動能力には深い関係が あるのだとわかりました。普段の食事を大切にしたいですね。
監修 木林美由紀 静岡県立大学短期大学部 歯科衛生学科 准教授