口の老化(オーラルフレイル)は、全身の老化に直結することがわかってきています。口腔外科医・歯科医師の新谷悟先生は、オーラルフレイルの予防として、歯みがき・歯周病ケアに加えて、1日2分程度の「噛みトレ」を提唱しています。顎関節症の予防にもなるという「噛みトレ」について、新谷先生に伺いました。
普段の食事で、固い物を食べることが少なくなったことは大きな原因の一つです。やわらかい物が「おいしい」とされる昨今では、口の中でとろけるような食べ物や料理が好まれます。
さらに、SNSなどでコミュニケーションをとる若い人たちは、ハッキリとした声で話したり、笑ったりすることが少なくなったと思います。高齢者でも、ひとり暮らしの人が増えて会話の機会が非常に少なくなっており、夫婦で暮らしていてもほとんどしゃべらない人もいます。
さまざまな日常の場面で口を動かす習慣が減ってきているということが、口の老化の大きな原因になっていると考えられています。また、最近は「食いしばり」をする人が増えています。通常では一日のうち上下の歯が接触するのは何かを食べるときだけですが、食いしばりのある人は、仕事中などの日常生活の中でも無意識に上下の歯が接触しています。睡眠中はさらに強い力で食いしばる傾向にあるため、ひどいときには奥歯が割れてしまったりします。
このような症状はTCH(Tooth Contacting Habit:歯列接触癖)と呼ばれ、TCHがひどくなると、口の周りの筋肉が固くなり、オーラルフレイルの進行を早めます。
つまり、口の衰えは、年齢に関係なく、誰にでも起こりうることなのです。
唾液が十分に分泌されないと、口から侵入してくるウイルスや細菌を防御できなくなりますし、歯周病にもかかりやすくなってしまいます。中でも、特に顎関節症の人は顎が動かしづらいので、周囲の筋肉が凝り固まりやすいです。
顎関節症の症状が悪化すると、口は25㎜ぐらいしか開かなくなります。
すると、食事がしにくくなり、栄養がうまく摂取できなくなったり、誤嚥しやすくなったりと、口の周りだけではない、身体の症状につながってしまうのです。あごが痛くなる(顎関節痛・咀嚼筋痛)、口が開かない(開口障害)、あごを動かすと音がする(顎関節雑音)といった症状が出る場合や、食事のときに噛むのに疲れるとか、口を開けづらい、無意識に歯ぎしりや食いしばりをしているという人は顎関節症の可能性がありますから、歯科受診をおすすめします。
チェックと同時に、筋肉のほぐしにもなりますので是非やってみてください。
1. 手のひらの手首に近い盛り上がったところ(手根)を、左右のこめかみに当て、グリグリと少し強めに押す
2. 手根を左右の奥歯の上のコリコリした部分に当て、グリグリと少し強めに押す
「噛みトレ」がターゲットにする筋肉は、口を開けたり閉じたりするときに使う側頭筋、咬筋、内側翼突筋・外側翼突筋、そして舌骨上筋群です。
先ほどのチェックは、これらの筋肉の凝りをチェックしていたということです。
それぞれの筋肉は、食べ物を噛み砕く咀嚼に使われます。同時に、筋肉を動かすことで唾液腺が刺激されて、唾液が十分に分泌されるようになります。
また、咀嚼して塊になった食べ物を飲み込むときは、舌骨上筋群に加えて、舌骨下筋群も使います。「噛みトレ」は、舌骨下筋群にもアプローチできます。
「噛みトレ」をするベストタイミングは筋肉がほぐれる入浴中ですが、それ以外でも気がついたらいつでもやってかまいません。
1. 口を大きく開ける(約3秒間)
2. 下あごをゆっくり前に突き出して、前後左右に軽く動かす
※1~2を5回、繰り返す。
「噛みトレ」で筋肉がほぐれることにより口が良く動くようになりますから、唾液の分泌を促します。唾液の十分な分泌はむし歯と歯周病の予防につながります。
唾液には殺菌作用が含まれていますから、歯みがきだけでは取り除けなかった歯垢を除去して、歯周病とむし歯を防ぐのです。
また、よく噛めるようになると、食べ物に含まれる栄養素を吸収しやすくなります。逆によく噛めないと、栄養素の吸収力が弱まるうえに肉などの固いものを避けるので、筋肉を作るのに必要なたんぱく質の摂取量が減り、筋肉が衰えていきます。
その他にも、脳の血流をアップし刺激することで脳の老化の進行を抑制したり、飲み込む力を向上させ「誤嚥」を予防することもできます。
早い人では、30代後半から噛む力の衰えが始まるといわれています。日歯みがきをしていても、歯科で虫歯や歯周病の治療をしていても、口の老化は進行します。噛みトレは筋肉をほぐすことで進行をゆるやかにするためのトレーニングです。いつまでも丈夫な歯と歯ぐきを維持し噛んで食べ続けるために、ぜひ「噛みトレ」を習慣にしてください。
新谷 悟(しんたに・さとる)先生
東京銀座シンタニ歯科口腔外科クリニック 院長
口腔外科医、歯科医師
(2023年7月現在)
1961年、香川県高松市生まれ。祖母を舌がんで亡くした経験から、口腔外科医になることを決意し、岡山大学歯学部へ進学。岡山大学大学院では口腔がんに関する研究に従事し、博士号を修得。その後、愛知県がんセンターや岡山大学などで、口腔がんの手術を中心に広く口腔外科手術の腕を磨く。1997年、新しい治療の可能性を求めハーバード大学に留学。帰国後、愛媛大学医学部助教授、昭和大学顎口腔疾患制御外科学教室の主任教授・口腔外科科長を経て、昭和大学歯科病院口腔がんセンター長に就任。2014年、東京銀座シンタニ歯科口腔外科クリニックを開設。著書に『歯と歯ぐきを強くする噛みトレ』(アスコム)、『あなたにもあるかもしれない!お口の病気がわかる時点』(クインテッセンス出版)などがある。