監修:神山 かおる(こうやまかおる)先生
国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構 食品研究部門 研究推進部研究推進室渉外チーム
日頃、あまり意識することはありませんが、私たち人間は、口に入れたときに感じる食品の硬さや弾性などに合わせて咀嚼をしています。
近年、少子高齢化が進む中で、食べる人の咀嚼能力に合わせた食品加工の研究が重要度を増してきています。
それぞれの人に合わせた食品を作るには、口の中で食品が咀嚼され、飲み込まれるまでにどのような変化をしているかを知ることが重要になってきます。
今回は、今世紀になって盛んになってきたFood Oral Processing(食品の口腔内での処理)に関する研究で、咀嚼中の食品の変化を、客観的に測定・数値化し、評価する例をご紹介します。
■食品の噛みやすさを数値化する重要性
食べ物を口に入れたときに感じる「かたい」「やわらかい」「弾力がある」「粘りがある」などの食感を、「テクスチャー(Texture)」といいます。テクスチャーは食品により異なりますが、実は、テクスチャーによって咀嚼も変化しています。
また、食べる人の咀嚼能力によって、テクスチャーの感じ方は異なります。同じ食品を食べても、咀嚼能力の低い人では「かたい」「噛みきれない」「食べにくい」と感じてしまうのです。人は、ネガティブな印象を持ったものは「苦手」と避けてしまいますから、だんだん食事に偏りが出てしまいます。
つまり、健康なバランスのよい食生活を送るためには、栄養バランスだけではなく、「おいしさ」を担う食品のテクスチャーの研究も重要というわけです。
■数値化の手法
では、食品のテクスチャーを評価するために、どのように数値化するのかについてお話しします。
方法としては、以下の2つが昔から行われてきました。
(1)食品の物理化学的な機器測定
(2)食べた人の感覚で測る官能評価
客観的な(1)、主観的な(2)の手法に加え、私たちのチームでは、新たな手法として、「食べているときの人の測定」を行っています。具体的に言うと、例えば食品を食べているときの咀嚼圧から、その食品が噛みやすいかどうか、を測定することができます。客観的な数値が得られる人の咀嚼評価に位置づけられます。
手法としては人の皮膚のように多数の感圧点を有する極薄シート状のセンサを用いました。
【咀嚼圧測定用センサを用いた実験風景】
被験者は、シートセンサとその上に置かれた固体状の試験用食品を口に入れて、シートと食品をいっしょに一噛みします。シートには電極が多数配置されており、各感圧点にかかる圧力値が、リアルタイムにディスプレイ上に表示され、その食品を噛むときの咀嚼圧分布がわかります。
この方法を用いて、同一人物が、同じ大きさでテクスチャーの異なる『生ニンジン』『食パン』『クラッカー』『羊羹』を臼歯でかみ切る咀嚼パターンを計測したのが下のグラフです。
かたい生ニンジンでは、一番最初にガリッと固まりを噛み切るときの力が高くなります。一方で、やわらかい食パンでは、噛み始めよりも噛み終わりのほうの力が高い、山が一つの曲線になります。食パンは、食感こそやわらかいですが、一度噛んだだけでは噛み切れていないので、後期になるほど強い力を示すこのようなパターンになると考えられます。
また、噛み砕きやすいクラッカーでは、ごく初期に多数のピークが現れ、徐々に咀嚼力が上がっていきます。比較的均一でやわらかい羊羹(ようかん)は、山が二つの滑らかな曲線となっています。
生ニンジンを除いた他の3食品で、1回の咀嚼動作での最大力が発生するのは、食品が破壊された後に噛みしめているときで、上下の歯が開き始める直前に出現しています。
被験者が変わっても、これらのパターンは似ていました。つまり、食品の物性は明らかに咀嚼パターンを変えているということです。
また、噛み方によっても咀嚼力は変わります。
同一人物が同じチーズを一噛みするときの条件を
1. いつもどおりに自然な噛み方をしたとき(通常条件)
2. 噛み切るときにかかる力を考えながら噛んだとき(噛切条件)
3. 歯がチーズに入る瞬間の力を考えながら噛んだとき(貫入条件)
で実験をした時の咀嚼力の出現パターンが、下のグラフです。
チーズは羊羹と同じゲル状の食品なので、山が二つの曲線になりますが、1~3の条件の違いで、明らかに咀嚼力のパターンが変化していることがわかります。結果として、一噛みにかかる時間は、通常条件、噛切条件、貫入条件の順で長くなることから、「味わって、考えながら食べると、ゆっくりした咀嚼になる」と考えられます。
■噛みやすさの数値化で期待できること
咀嚼は、多数の要因に影響を受ける複雑なシステムです。
食品の持つ性質や特性に合わせて噛み方を変えて味わうことは、咀嚼力の高い青年期では容易でも、歯の欠損などで咀嚼能力が低下した老年期では難しくなります。オーラルフレイルに陥ると、食品テクスチャーに合わせた咀嚼のコントロールが困難となり、かたい物でもやわらかい物でも同じような噛み方しかできなくなるのです。
オーラルフレイルについて、くわしくはコチラ⇒/kamukoto/mouth/465
そうかといって、ほとんど咀嚼しない介護食や流動食ばかりでは、食感のバランスが偏ります。食べ物の食感を楽しむ日本人にとって、単にのどを通過するだけの食事は味気ないものです。
咀嚼の解析は、高齢者や食事をとりにくくなっている人でも味わって「楽しく」食べられる食品や、近年問題になっている乳幼児の窒息事故を防ぐ食品開発にもつながることから、さまざまな分野で期待されています。
神山先生のポイント解説!
年齢、性別を問わず、最近ではやわらかい食べ物が好まれる傾向があります。
日常的に同じような食感の物ばかり食べていると、食感のバランスが悪いばかりでなく、味や栄養面でもバランスがとれなくなり、ひいては健康に影響をおよぼすことにもなります。
食感のバランスをとるためには、旬の食べ物など、いろいろな食材を組み合わせて食べるとよいでしょう。
神山 かおる(こうやま・かおる)先生
国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構 食品研究部門 研究推進部研究推進室渉外チーム
(2023年7月現在)
お茶の水女子大学理学部化学科を卒業。食品総合研究所入所。主任研究官、研究室長、ユニット長などを歴任し、現職。30年以上にわたり、食品物性とテクスチャー評価法を研究。評価対象は、農産物の品質や加工性、食品素材の物理化学的性質、最終的に食べられる食品や料理の食感など。力学特性の機器分析、摂食中のヒトの計測法など、さまざまな評価技術を駆使している。博士(農学)、博士(歯学)。