患者数が減るどころか増えつつある歯周病。中高年の病気と考えられがちでしたが、若い年代でも広がっています。最新研究では、歯周病がさまざまな全身の病気とも関連が深いこともわかっています。
歯周病の注意点とその対応策について、大阪大学大学院 特任教授 天野 敦雄先生にお話を伺いました。
目次
歯周病とはどのような病気なのでしょうか?
歯周病は、口の細菌の刺激によって引き起こされる炎症性疾患です。磨き残されたプラーク細菌によって歯ぐきが炎症を起こし、症状が進行すると、歯を支えている骨が溶けてしまいます。一度失われた骨は、元には戻らないため、いかに予防を行うかが重要です。歯周病は「サインレント・ディージーズ(Silent Disease:痛みを伴わない静かなる病気)」とも呼ばれ、自覚症状が少なく、気付いた時にはかなり悪化しています。
日本ではむし歯の有病率は減っているのに、歯周病の有病率は上昇しています。実際、歯周病は、歯を失う原因の第1位(37.1%)という高い割合になっています※1。
※1 2018年11月「永久歯の抜歯原因調査報告書」 (財)8020推進財団調べ
歯周病が増加している理由は何でしょう?
欧米では、口腔衛生への意識が高く、歯が痛くなる前に、または歯の健康や美観を維持するために、予防のために歯科医院へ行く習慣が小さい頃から根付いています。
一方、日本では、「歯医者は痛くなったら行くところ」という意識の人がまだまだ多く、歯科医院で定期的にメンテナンスして健康な状態を維持するという習慣は拡がっていません。
歯周病と言えば中高年の病気と思いがちですが、歯みがきが悪ければ、小学生や20〜30歳代でも、初期の歯周病である歯肉炎に罹ります。歯肉炎を放置していると、歯を支えている骨が溶ける進行した歯周病になっていきます。
きちんと歯科医院を定期的に受診すれば、歯周病の発症を予防して歯の寿命を伸ばすことができます。歯周病は、定期的な歯科医院でのケアと毎日の丁寧な歯みがきで予防できる病気なのです。
歯周病が起こる仕組みを教えてください。
口の中には、直腸と同じ密度の細菌がいると言われています。その数は、1gあたり1000億〜1兆個。口の中には、膨大な数の細菌が棲みついているのです。
歯周病を引き起こす細菌にはさまざまな種類があり、その中でも「Porphyromonas gingivalis(ポルフィロモナス・ジンジバリス菌)」略して「Pg菌」は、最も悪玉の菌です。
歯と歯の間は磨きにくいので、歯垢(プラーク)の磨き残しが多くあります。磨き残された歯垢は蓄積し古くなっていきます。歯と歯の間の歯垢が歯周病の温床となり、悪玉菌が繁殖して歯周病を発症させ悪化させていきます。
まさに、歯周病は「歯と歯の間からやって来る」病気なのです。
歯周病のシグナルはどのようなものですか?
歯周病の初期は、歯肉炎と呼ばれる症状です。上の図でいうと青い文字の状態が、歯肉炎から始まった初期の歯周病のシグナル。いわば、歯周病に突っ走る前のアクセルを踏んでいる状態です。そのまま放置すると、どんどん進行のスピードが加速していきます。初期症状のうちに歯医者で治療を受けましょう。
緑色の文字の状態は、中期の症状。赤い文字の状態にまで行き着くと、かなり進行が進んでいます。溜まった歯垢により引き起こされた炎症は、歯ぐきだけでなく、歯を支える骨が溶けるまで進行して、最悪は歯を失う結果となります。一度抜けた歯は元に戻りません。
先ほど歯周病は「サインレント・ディージーズ」と言いましたが、初期から中期の状態になっても痛みがないために、歯医者に行かずそのまま放置している患者さんが多く、結果的に歯周病によって歯を失ってしまいます。
食べ物が歯につまりやすい「歯づまり」は大きなシグナル
特に歯づまりは、歯周病の大きなシグナルです。20代~70歳代以上の男女2,099人を対象に実施した「歯づまり」に関する調査※2では、歯づまりは、62.7%もの人によく起こる身近な悩みです。「歯づまり」は、歯ぐきケアのタイミングを知らせる『歯づまりサイン』です。『歯づまりサイン』が出始めたら、歯医者でのプロフェッショナルなケアを定期的に受けると共に、歯みがき、マウスウォッシュ、歯間ブラシ、デンタルフロスでのセルフケアを徹底して行いましょう。
※2 株式会社ロッテ 2024年「歯ぐきの健康調査」インターネット調査結果より
歯周病は全身の疾患と深い関係がありますか?
歯周病は、歯の疾患だけに留まらず、全身の疾患に影響すると言われています。
最新研究では、体のどこかで慢性的な炎症が続くと、血流を通して炎症が全身にはこばれ、糖尿病、脳血管疾患、リウマチ、糖尿病、がんなどのさまざまな生活習慣病などが悪化することがわかっています。歯周病による歯ぐきの炎症が、全身の疾患を進行させてしまう可能性があるのです。
日本歯周病学会は、「糖尿病患者に対する歯周病ガイドライン」を策定し、糖尿病患者の歯周治療を行うことが、糖尿病の悪化を抑え、口腔はもとより全身の健康増進を支援することにつながるとしています。歯周病と糖尿病に関しては、歯周病と糖尿病の負のスパイラルを断ち切るべく、医科歯科連携が実施されています。
また2024年6月には、歯科診療報酬改定により、初期段階の歯周病のメンテナンスなどの重症化予防の治療にも保険が適用されました。これにより、さらに歯周病予防の推進が期待されています。
このように生活習慣病とも関連が深い歯周病ですが、「歯周病細菌検査」ができます(健康保険はききません)。これは口の中の歯周病菌の種類や数、悪玉菌の有無を調べるもので、個人の歯周病のかかりやすさや原因菌への効果的な治療方針が立てられます。一生に一回は検査して、悪玉菌の有無を確認して、歯周病予防に備えるのも効果的です。
歯の健康の主治医は、結局のところ自分 自身です。歯科医へ定期的に受診することはもちろんのこと、自分自身で手間をかけて予防的に歯周病ケアを行うことが重要です。
天野 敦雄(あまの あつお)先生
大阪大学大学院 歯学研究科 予防歯科学講座 特任教授
専門は予防歯科学。1984年大阪大学 歯学部卒業。2000年大阪大学大学院 歯学研究科 口腔分子免疫制御学講座 先端機器情報学分野教授。2011年より予防歯科学講座教授。2024年、同講座特任教授、大阪大学名誉教授。歯周病予防に関する研究に取り組んでいる。