よく噛んで食べることは健康な生活には欠かせない行為です。近年、食べ物や唾液が誤って気管に入り込む誤嚥に対する関心が、高齢者や介護者の間で高まっています。
誤嚥の問題や口腔機能に詳しい東京歯科大学の山田好秋客員教授は、誤嚥防止で心掛けたいこととして、よく噛み、食事を楽しむことを挙げています。
誤嚥性肺炎に注意
食べ物を口に入れてから、飲み込む(嚥下)までは一連の過程があります。
具体的には、①食べ物を目で見て匂いをかいで確認し(認知期)、②咀嚼して唾液と混ざり合った食塊をつくり(咀嚼期)、③その食塊を舌でのどに向かって送り出します(口腔期)。④のどに食塊が到達すると、嚥下反射と呼ばれる反応が無意識にゴックンと起こって食塊を食道に送ります(咽頭期)。⑤その食塊は食道の蠕動運動により胃に送り込まれるのです(食道期)。
問題の誤嚥は、④の咽頭期に起こります。のどの奥には、食べ物(食塊)や水分が通る食道と、空気の通り道である気管が隣り合っていますが、食べ物や唾液が誤って気管の方に入ることがあります。これが誤嚥で、むせたり、せき込んだりします。こうした症状が頻繁に起こる場合は注意が必要です。加齢による衰えや病気で、飲み込む力が弱まっている可能性があります。
誤嚥が怖いのは、誤嚥性肺炎を引き起こすからだと山田教授は指摘します。この病気は気管に入った異物に含まれる細菌が原因です。高齢者の死因の上位に肺炎が挙がっており、その多くは誤嚥性肺炎だと言われています。
若い人でも、例えばスマートフォンを操作して“ながら食べ”をすると、食事に集中できず、誤嚥を起こすことがあります。ただ、若く健康な場合は、せきをして異物や細菌をすぐに体外へ出せますが、高齢者は排除する力が弱いため、細菌が気管にとどまりやすく、病気の引き金になってしまうのです。
きれいな口でよく噛んで
誤嚥を繰り返す原因が、病気の場合は治療が必要ですが、衰えからくるものであれば、日頃の心掛けで予防が可能です。山田教授は「きちんと咀嚼して食べればよいのです」と話します。
「おいしく味わいながら食べるのが一番です。そう思ってゆっくり、よく噛めば、唾液がたくさん出て、自然と食塊は飲み込みやすいサイズになり、誤嚥が少なくなります。口の中にほお張って、がつがつと食べない方がよいでしょう。また、体力が低下していると、誤嚥を起こしやすいので、よく歩くなど、体力づくりも効果的です」
口の中のケアも大切です。飲食する際、口腔内が汚れていて細菌が多いと、細菌の付着した水や食べ物を摂取することになります。すると、誤嚥性肺炎を引き起こしやすくなり、しかも、食べ物のおいしさを感じられません。
山田教授は、ある高齢女性が、好物だったはずのまんじゅうを「まずいから」とあまり噛まずに飲み込みがちだったのが、口の中をきれいにしたところ、「おいしい」と言いながらよく噛んで食べるようになったケースがあると話します。口内が汚れていると、それだけで食事は楽しめないのです。
食べることは生涯続く行為です。好きなものを食べて、食事を楽しむためにも、年齢を問わず、よく噛んで食べることと口内ケアを大切にしましょう。
山田 好秋(やまだ・よしあき)
東京歯科大学
口腔科学研究センター
客員教授
歯学博士
1978年新潟大学大学院歯学研究科(口腔生理学専攻)修了後、同年4月に同大学歯学部助手、同年8月に米国ミシガン大学客員助教授を務める。81年長崎大学歯学部口腔生理学講座の助教授、84年米国ミシガン大学客員准教授を経て、93年新潟大学歯学部口腔生理学講座(現大学院医歯学総合研究科)教授。2003年同大学歯学部長、04年同大学大学院医歯学総合研究科長、12年同大学理事・副学長。11~14年日本咀嚼学会理事長。14年から東京歯科大学客員教授、新潟大学名誉教授。
ロッテ 季刊広報誌「Shall we Lotte」より