よく噛んで食べることは心と体の健康のために欠かせません。新潟大学大学院・医歯学総合研究科の小野高裕教授は「自分の『咀嚼力』を意識することが大切」だと指摘します。
咀嚼とメタボの関係を調査
咀嚼の目的は、食べ物を細かく砕いて、唾液と混ぜ合わせて「食塊」をつくり、飲み込みやすくすることにあります。細かく砕いたほうが、安全に摂取できるうえ、消化吸収の助けにもなります。そして、よく噛み、味わって食べることで得られる満足感は「心の栄養」にも欠かせません。
ところが、高齢者の場合、加齢に伴う筋肉の衰えや歯の欠損などから、咀嚼しにくくなるケースがあります。これは放っておけない問題です。
噛む力が弱まると、硬い食品を避け、軟らかく食べやすいものを選ぶようになります。軟らかい食べ物の代表格といえば、炭水化物。栄養バランスが崩れるばかりか、炭水化物に偏った食生活はメタボリックシンドロームを招きやすく、ひいては動脈硬化性疾患、心筋梗塞や脳梗塞などを引き起こす恐れがあります。
そのため、自分はどのくらい噛めているか、普段から「咀嚼力」を意識することが大切です。小野教授らが昨年発表した調査結果も、それを裏付けています。
小野教授ら新潟大や大阪大などのグループは、咀嚼能率の低下とメタボの関連性について、6年ほどかけて調査しました。調査対象は50~70歳代の男女1780人で、基本健診と歯科検診、そして咀嚼能率を測定しました。咀嚼能率とは一定回数の咀嚼をどれだけ効率よくできるか(細かく砕いたか)示す指標で、歯の本数や噛み合わせ、噛む力の強さによって個々人で異なるものです。測定では専用のグミゼリーを30回噛んでもらい、増えた表面積をもとに咀嚼能率を算出しています。
あきらめずに咀嚼の改善を
このようにして集めたデータに統計的な調整を加え、1780人を咀嚼能率の高い順に4グループ(1グループあたり445人)に分けました。つまり、最もよく噛めているAグループから順に、Dグループまで振り分けたのです。
分析の結果、最もよく噛めているAグループと比較したときに、下から2番目のCグループが最もメタボ罹患率が高く、1・46倍という結果が得られました(Bグループは1・24倍、Dグループは1・21倍)。メタボの罹患率が高いのは、なぜ最も噛めていないDグループではないのでしょうか。
小野教授は「Dグループは既に噛みにくさを感じ、 調理や食べ方を工夫しているのでしょう。対してCグループは、噛めないことに自覚がなく、メタボになりやすい食生活をしていると考えられます。しかし、早く気づけばよい方向に引き戻せる。あきらめず必要な歯科治療を受けたうえで、きちんと咀嚼する姿勢が大切です」と話します。
小野教授は、特に中高年世代からは、かかりつけの歯科医を持ち、定期的に歯のチェックを行うことをすすめます。歯が欠損しても入れ歯で補えますが、咀嚼能率は自分の歯のほうが高いからです。
将来、自分の歯を一本でも多く残すためにも、日頃の歯のケアは重要です。歯の健康と咀嚼を意識して、生涯健康を目指しましょう。
小野高裕(おの・たかひろ)
新潟大学大学院 医歯学総合研究科
口腔生命科学専攻
包括歯科補綴学分野 教授
歯学博士
1983年広島大学歯学部を卒業後、87年大阪大学大学院歯学研究科(歯科補綴学第二)を修了。98年大阪大学歯学部助教授に就任。以後、大阪大学臨床医工学融合研究教育センター、大阪大学先端科学イノベーションセンターを兼任。2014年10月から現職。所属学会は日本補綴歯科学会(理事)、日本老年歯科医学会(理事)、日本顎顔面補綴学会(理事)、日本咀嚼学会(理事)、日本顎口腔機能学会(理事)ほか。
ロッテ 季刊広報誌「Shall we Lotte」より