よく噛んで食べることは誰もが実践してほしい大切な習慣です。栄養学や食事学、調理学を専門とする、和洋女子大学の柳沢幸江教授は「よく噛むことが日々の食事を味わい、楽しむことにつながる」と話します。
食べ物をしっかり味わう
よく噛んで食べる大切さが改めて認識されたのは、1980年代にさかのぼります。きっかけは、幼児・児童教育の現場で「食べ物をきちんと噛まない子どもが多い」という声が聞こえてきたからです。この頃から、加工食品や脂質を多く含むやわらかい食品が増え始めたことが一因だと考えられています。
そこで、柳沢教授らが食品の噛みごたえの強弱を10段階で示した「かみごたえ早見表」と、料理別に咀嚼回数をまとめた「咀嚼回数ガイド」を作成しました。咀嚼を数値化した、わかりやすい指標として、現在でも保育園や幼稚園、小学校で使用されています。
なぜ、幼少期によく噛んで食べることが大切なのでしょう。柳沢教授は「よく噛むことで、食べ物をしっかり味わえるから。そして、食事を味わうという快い経験の積み重ねが、味の嗜好を育てるのです」と指摘します。
人体の中で味覚を感じるのは、主に舌にある味蕾という器官です。その味蕾が数多く分布する有郭乳頭や葉状乳頭は、咀嚼するのに最もよく使う臼歯の近くに分布しています。そのため、しっかりよく噛むことが、味蕾を刺激し、食べ物を味わうことにもつながるのです。
人間が生まれながらにして好む味は、「甘味」と「うま味」だけですが、快く食事をする経験を積み重ねていくと、それ以外の塩味や酸味、苦味といった味も、嗜好性が高くなります。その経験から、さまざまな食べ物をおいしいと感じ、もっと食べてみたいと思うようになる。幅広い嗜好を持つことで、栄養バランスのよい食事をとりやすくなるというメリットがあります。
噛みにくい野菜も調理で工夫
繊維質が多く、酸味や苦味のある野菜は、子どもの嫌いな食べ物の代表格ですが、食の経験を深めるためにも、また咀嚼や栄養の観点からもぜひ食べてほしい食品です。そのためには調理にひと工夫が欠かせません。柳沢教授のおすすめは日本食です。
「日本料理の特徴は、だしと砂糖を使うことです。子どもの好きな甘い味付けになるので、ぴったりだと思います。たとえば、肉じゃがなどの煮物、おひたしや胡麻和えなどがよいでしょう」
食事中は楽しい雰囲気も大切です。 「快いと感じて食べることで初めて、おいしいという気持ちが芽生えます。ですから、食事は家族と一緒に楽しくしてほしいと思います。無理に食べさせると、嫌な気持ちと結びつき、嫌いなままになりやすいのです」
実は、嫌々食べていると、唾液の分泌量も減少します。食べ物を飲み込むためには口の中で唾液と混ぜ合わせますが、唾液の量が少ないと、噛みにくく、なかなか飲み込めず、しまいにはその食べ物が嫌いになってしまいます。食事を楽しむことは、スムーズな咀嚼のためにも重要なのです。
大人にとっても、よく噛むことで満腹中枢が刺激され、肥満予防に効果があります。食物繊維の多い野菜や赤身の肉など、噛みごたえのある食品をよく噛み、食事を楽しみながら、健康の維持に努めましょう。
柳沢 幸江(やなぎさわ・ゆきえ)
和洋女子大学
家政学群 健康栄養学類 教授
栄養学博士、管理栄養士
1984年女子栄養大学栄養学科卒業、92年女子栄養大学大学院博士後期課程修了、博士(栄養学)を取得。94年から和洋女子大学講師、助教授を経て、2007年同大学家政学群教授。16年に同大学家政学群学群長。よく噛んで食事をすることの大切さを栄養的視点、食事学的視点から研究を続けている。日本咀嚼学会、日本摂食嚥下リハビリテーション学会、日本家政学会、日本調理科学会などの評議員も務める。著書に『そしゃくで健康づくり 育てようかむ力』(少年写真新聞社)。
ロッテ 季刊広報誌「Shall we Lotte」より