虫歯や歯周病の予防には、毎日の歯磨きだけでなく、唾液の分泌量も大きくかかわっており、分泌量が少ないと、口の中の自浄性が低下して口腔環境が悪化し、むし歯や歯周病にかかりやすいという報告があります。最近は、唾液の分泌を促す噛む習慣が減少しているようで、唾液の分泌を促すためには、食事のときにしっかりよく噛むことが大切と考えられます。今回は、唾液分泌と口腔環境の関係や、唾液の働きなどについて、九州大学歯学部口腔予防医学教授の山下喜久先生山に詳しいお話を伺いました。
また、唾液には、pH緩衝能と言って口内を中性に保つ作用があります。食事をすると、食べ物そのものの酸や、口内の細菌が糖質を基質として産生する有機酸によって、口内は酸性に傾きます。酸性化した口内では、歯の表面のカルシウムやリン酸がイオン化して溶け出すのが、虫歯の初期段階です。
一方、唾液が十分な量あれば、唾液のpH緩衝能によって口内を中性に保つことができ、カルシウムやリン酸が溶け出すことを防ぐだけでなく、唾液中に豊富に存在するこれらのイオンを溶け出した部分に再沈着させることで修復を促進します。これを「再石灰化作用」といいます。
唾液にはそのほかにもリゾチームやペルオキシターゼという物質が含まれていて、これらは虫歯菌に対して抗菌作用を発揮します。唾液の分泌が少ないとこうした作用が弱く、口内環境が悪化することで虫歯や歯周病になりやすくなります。逆に、唾液の分泌が多ければ、口内環境がよい状態で保たれて、虫歯や歯周病になりにくいといえます。
また、噛むという動作が重要なわけですから、咀嚼のトレーニングとしてシュガーレスガムを噛むのもよいと思います。
私たちが、ガム咀嚼による口腔細菌への効果を調べたところ、菌量の増加に影響していることを見いだしました。この調査は、自衛隊にご協力いただき、野外演習で歯磨きができない55名の隊員の方をガム咀嚼群(27名)とガムを咀嚼しなかったコントロール群(28名)に分けて、ガム咀嚼群には4日間毎日7回、ガム2粒を5分間噛んでもらい、演習の前後で細菌数の変化を2群で比較しました。その結果、コントロール群では細菌数が大きく増加したのに対し、ガム咀嚼群では細菌数の変化がほとんどみられず、むしろ減少傾向がみられました。この結果を検証するため再度、70名を用いた同様の研究を行ったところ、表に示すように演習前にはコントロール群とガム咀嚼群の間で有意な差がなかった細菌数が演習後にはコントロール群でのみ有意な増加が認められました。これらの結果から、ガムの咀嚼は口腔内環境の改善につながると考えることができます。
震災などの非常時には、歯磨きが困難になります。また、職務上はみがきが難しいという場合もあります。このような状況下では、ガムの咀嚼が口腔環境悪化の予防に役立ちます。ぜひ一般の方々にも、「歯磨きだけしていれば、大丈夫」とは考えず、噛むことの大切さを知り、噛むことで分泌が促される唾液の重要性も知ってもらえばと思います。
■引用文献
Takafumi Hashiba, Kenji Takeuchi, Yoshihiro Shimazaki, Toru Takeshita, Yoshihisa Yamashita.
Chewing Xylitol Gum Improves Self-Rated and Objective Indicators of Oral Health Status Under Conditions Interrupting Regular Oral Hygiene Tohoku J Exp Med. 2015 Jan;235(1):39-46
Kenji Takeuchi, Mikari Asakawa, Takafumi Hashiba, Toru Takeshita, Youji Saeki, Yoshihisa Yamashita.
Effects of Xylitol-Containing Chewing Gum on the Oral Microbiota J Oral Sci. 2018 Dec 27;60(4):588-594
山下 喜久(やました・よしひさ)先生
九州大学大学院 歯学研究院 口腔保健推進学講座 口腔予防医学分野 名誉教授
歯学博士
(2023年7月現在)
1993年、九州歯科大学歯学部講師。1994年、九州大学歯学部助教授。2002年、日本大学歯学部教授。2003年、九州大学歯学研究院教授。2006年から九州大学大学院歯学研究院教授。専門分野は予防歯科学。研究テーマは、「う蝕細菌の病原因子の構造と機能の解明」「歯周病と全身の健康状態の関連性の解明」「口腔細菌叢と口腔および全身の健康との関連性の解明」「口臭の原因の解明と口臭予防法の開発」など。