めざせ8020 第29回
8020運動の次はオーラルフレイル予防
「フレイル」という言葉をご存知でしょうか。これは、高齢者の筋力や活動量が低下している「虚弱」の状態を表す言葉として、英語の「Frailty(フレイルティ)」(=虚弱・老衰)からつくられた言葉です。健康な状態と介護が必要な状態の間にあるグレーゾーンを指しています。このグレーゾーンを延ばすことが健康長寿につながるというわけです。
このフレイルには口の中も重要な役割を担っています。20本以上の歯が残っていれば、堅い食品でもほぼ満足に噛めることが科学的に明らかになり、1989年に8020運動が始まりました。当時、80歳で歯が20本以上ある人は1割にも満たない状況でした。それが今や達成者は5割を超えています。私たちは歯周病や虫歯をコントロールして歯を残すことができるようになりました。しかし、近年では噛む(咀嚼)、飲み込む(嚥下)、発音、唾液の分泌といった口腔機能の低下が身体の衰えに関わっていることがわかってきました。そこで、歯の数だけでなく口腔機能を維持することも健康長寿の実現には大切だ、という考え方が支持されるようになりました。
口腔機能の低下は、滑舌の低下や食べこぼし、噛めない食品の増加、むせなどちょっとしたトラブルから始まります。たとえば、「年だから噛めなくても仕方ない」と柔らかいものを食べていると、咀嚼力はますます落ち、それがまた噛めない状態に拍車をかけるという負のスパイラルを招きます。自覚せずに暮らすうちに、栄養の偏りやエネルギー不足、さらには人との付き合いが減って閉じこもりがちになり、心身の機能低下につながります。こうした一連の流れをオーラルフレイルといいます。
私たちの研究では、オーラルフレイルのある人とない人を比較すると、ある人は身体的フレイルになる人が2.4倍、死亡リスクが2.1倍などという結果が出ています。
では、どうすれば口腔機能を高めることができるのか。とても簡単な方法があります。それが「ブクブクうがい」と「ガラガラうがい」です。新型コロナウイルス感染症の流行で、うがいは習慣化しているはずです。そのうがいを少し丁寧に、10秒ほどブクブクをしてから水を吐き出してください。ガラガラも同様に10秒ほど行います。うがいは実はとても高度な動きをしているのです。オーラルフレイルの予防に、ぜひ今日から実行してください。
平野浩彦
東京都健康長寿医療センター歯科口腔外科部長。厚生労働省・口腔機能の向上プログラムマニュアル作成研究班、日本歯科医師会在宅歯科医療推進チームなどで口腔機能の改善、認知症予防などに尽力。
8020さんのご紹介:何でも食べて体を動かす
田中由美子さん
年齢:83歳 歯の数:27本
週に3回は自宅近くの祖師谷(世田谷区)のリハビリ型デイサービスに、さらに1~2回はバレエ教室で行っているシニア向けのストレッチ教室に通って体を動かしているという田中由美子さん。小学生のころからクラシックバレエを始め、高校生のときには舞台に立っていたという経歴の持ち主だ。自宅には、バレエ用のバーもあるそうだが、「今は布団干しね」と笑う。
「体を動かすのが大好き。でも、小さいころは小児結核で苦労したんですよ」という。お父様も結核だったそうで、二人で病院に行き、注射を打ってもらったことを鮮明に覚えている。お父様はバイオリン奏者で、舞台とオーケストラボックスで共演したことも懐かしい思い出だ。お父様は103歳という長寿を全うされたという。
子どものころから食べ物の好き嫌いはまったくない。「今のような豊かな時代ではないので、魚を食べて骨が残れば、父がその骨を焼いて食べさせてくれましたね」。魚の骨も食べるものとして育ってきたため、「結婚して舅に魚を出したら、骨を残したのでびっくりしたわ」。
歯の治療をした覚えもないほどだが、1本だけ治療の跡がある。さぞやこまめに歯磨きをしているのかと思えば、「ざっくり磨くだけ。それで今まで過ごせたのは、ありがたいことね」とのこと。生来、歯がよかったことに感謝する日々だ。
NHK出版 NHKテキスト「きょうの健康」2020年10月号掲載