これまで果物屋、カリン農家、カリン愛好家とあらゆる角度からカリンの魅力に迫ってきました。誰もが「カリンはそのまま食べられないのが悔しいよね」「こんなにおいしそうな見た目なのに」と添えるのでした。
カリンが主役の一皿をいつか味わってみたい!カリン愛を募らせる編集部が訪れたのは麻布台ヒルズの“舞台裏”。と言っても、バックヤードではなく、ここは2023年11月にオープンしたばかりのアートギャラリーと、その奥にはレストランを構える『ギャラリー&レストラン 舞台裏』の厨房です。暗がりのなかにシェフのいる厨房が浮かび上がり、奥にはテーブルやカウンターが並んでいます。
ちょうど、シェフの箱石 和行さんは準備のまっただなか。今回はカリンの実験ということで、メインとデザートの二皿を特別にご用意いただきました。
聞き手はカリンの友で登場した、吉田果鈴さんです。
同じ季節のステージで、ジビエと出会う
——今日は通常メニューにはない、カリン料理の試作に立ち会えるということでずっと楽しみにしていました。
箱石:よろしくお願いします。さっそく紹介しますね。
【鹿と猪のロワイヤル】
カリンのタタン、マッシュポテト添え
一皿目はメイン料理です。リエーブル・アラロワイヤルはクラシックなフランス料理で、うさぎをまるまる一羽使って作る贅沢な料理です。お肉や内蔵の処理など、とても手間ひまのかかるレシピです。
今回はうさぎではなく、ちょうど季節の鹿とイノシシを使っています。カリンは添えてあるタルトタタンに使っています。一緒に食べてもいいし、好きに召し上がってください。
——どちらも初めて食べるので、ドキドキです。それでは、いただきます!
——おお〜。カリンと知らなければリンゴのようです。でも、リンゴとは違ったほどよい渋みがツウな味わい。何より、シャキ・ザラッとした不思議な食感がおもしろいです。一緒に食べると、ジビエ肉ならではのクセとよく合いますね。
ありがとうございます。カリンもジビエも秋冬の食材ですから、きっと合うと思いました。
——カリンのタルトタタンは、絶妙な甘みと渋みがありますね。これはカリンならではの風味でしょうか?
そうです。この渋みは赤ワインのタンニンと同じですね。カリンはタンニンが多いので、かなりアク抜きはしていますが、個性でもあるのでほどよい渋みは残しています。このタンニン感が好きな人ははまると思います。
——カリン特有の味が活かされているんですね。最初はシャクシャクと新鮮な食感が楽しくて、ほんのり渋みがクセになり、最後に香りがふわっと広がる。ロワイヤルと交互に、ずっと食べていたい組み合わせです!
料理との合わせ方のバランスも大切ですね。
——ロワイヤルについてもぜひ教えてください。
ロワイヤルはベルギーに居た時から作っていたレシピです。ガストロノミーレストランですから、古典的なレシピとは違いますが、その土地でとれたイノシシや鹿がまるまる一頭届いて、それをさばいて料理に仕立てていたんですよ。カリンと組み合わせるのは初めてでしたね。
——カリンは生では食べられないので、いろいろと下処理や仕込みが大変だったのではないでしょうか?
タルトタタンに注目すると、生の実をオーブンで砂糖とバター入れて、それでじっくりコトコト煮つめて、それを型に並べてオーブンで焼いています。
——生の実からはなかなか想像できない色ですね。
カリンは炊くと発色するんですよね。加減によっては、白っぽくなってしまいますが、きちっと加熱されると鮮やかなピンクになります。
——タタンをカリンで作る時に大変だったことや、レシピのポイントはありますか?
火が入るのに結構時間がかかるんですよ。弱火で水分を足さずにフタをして蒸しています。レシピとしては、そもそもなぜタタンにしたかと言いますと、バターや小麦の香りと、カリンの実のホクホク感が合いそうだと思いまして。
少しぱさつきそうだったので、上に抽出したカリンシロップをかけて焼いています。シロップはカリンの香りや味わいが凝縮されているので、よりカリンを食べる醍醐味があるかと思います。
カリンシロップとワインを即興で組み合わせてみるなど、取材中にも次々とアイデアが浮かぶ。
米のスイーツに、カリンは踊る
【カリンのリ・オ・レ】
カリンのコンポート、カリンゼリー、カリンポマード、カリンパウダー、カリンの種のカリカリ、カリンミルク煮
——2皿目はスイーツですね。“リ・オ・レ”をはじめて聞いたのですが、どういった料理なのでしょうか。
「リ」はフランス語で「米」の意味で、「オレ」は「ミルク」の意味です。ミルクでお米を炊いた料理で、日本語ではミルク粥のようなイメージでしょうか。本場フランスでは砂糖をたっぷりと入れた定番のデザートです。今回は日本人の口にあうように砂糖は控えめにしてみました。ぜひ召し上がってください。
——いただきます。不思議とミルクと米があいますね!お米とミルクの組み合わせも意外ですし、さらにカリンという新食材も加わって、一緒に食べるといっそうおいしいです。上に載っているものは、タタンしたカリンとは違うものですか?
全く別に仕込んだカリンなんですよ。リ・オ・レに使ったカリンはバターなど使って調理はしていません。
——色が違うものは個体差ではなく、仕込みの違いですか?
はい。アク抜きの時間を変えていまして、濃い色のカリンは渋みが少ないと思います。あとは火入れの加減も違うので甘みも違うと思います。
—— なかなか食べる機会がない素材ですし、いろいろなカリンの魅力を一皿で味わえますね。
リ・オ・レは通常だとバニラを入れ、砂糖もかなり多いレシピですが、今回はカリンがメインテーマなので極力シンプルに。
—— 種もカリッとした食感がいいアクセントになっていますね。
最初に茹でて、乾燥させて、揚げています。種の保湿成分といいますが、ヌルっとした部分が結構出てくるので、それを除くのが大変でした。香ばしくていい仕事してくれていると思います。
—— すごい手間ひまがかかっているんですね。私は種から発芽させたことがあるので、種を見たことがあるんですが、普通はカリンの種ってなかなか見ることないですし。実が大きいもんだから、アボカドみたいな大きな種だと思っている人も多いと思います。
——今回の二皿のために様々な調理をほどこしたカリンが登場しました。厨房で見せてもらうと、紹介しきれない種類です。
実も皮も種も、あますことなく活用しています。生のカリンを砂糖で絡めたり、砂糖で離水させてカリンエキスを抽出したり、さらにカリンを炊いてペースト状態にしたり。皮を乾燥させて、粉状にしたものなどです。
舞台裏に潜入!
—— 箱石さんがベルギーに住んでいた頃の話を聞かせてください。10年住んでみて、カリンは身近なものでしたか?
10年ほど向こうにいましたが、庭の木になっていたりと、日本よりも身近に感じました。レストランで仕事をしはじめてからは季節感の食材のイメージはあります。
ベルギーのレストランで働いていた箱石さん
——日本では梅仕事よりもカリンを漬けるのはまだ一般的ではないと思います。ヨーロッパ圏では家庭でカリン(マルメロ)のシロップ漬やハチミツ漬、お酒に漬けりするものでしょうか?
一般的な家庭でも多くはないと思いますが、やっている方はいると思いますよ。向こうだとアルコール漬けよりも、ビネガーに漬けておいてドレッシングするほうがメジャーかもしれません。
——カリンに似たフルーツで、マルメロがあると思います。聞くところによると、ベルギーの時に料理に使われていたとのことですが、箱石さんがいたレストランが特別に扱っていたのですか?
マルメロやカリンを扱っているレストランはそこまで珍しいものではないと思います。私がいた頃はよく、フォアグラと合わせたりしていた記憶があります。ジビエやフォアグラなんかの、しっかり、こってりしたものによく合うんですよ。
——日本のフレンチのお店に在籍していた頃は、カリンやマルメロを使ってましたか?レストランで出くわしたことありますか?
カリンをエスプーマで泡にして、軽くしたようなものを料理に使っていましたね。
でも、別のレストランではカリンの料理に出くわさなかったですね。残念ながら、知り合いがカリン酒を作ってて、みたいなエピソードもなくって。
——私が漬けたカリン酒をおすそ分けしたいくらいです!梅よりも簡単なので、もっといろんな人に知られてほしいです。
——今回のカリン料理を振り返っていかがでしたか?
いやぁ、どうしようもなく手がかかるものがおいしくなりますから。特別にカリンが難しい食材だ、なんて思いませんよ!仕事柄かもしれませんが、とにかく時間をかけるのは当たり前という気持ちです。
メインメニューの仲間入りにするのはなかなか難しいですが、興味深い経験になりました。今回は試作で使える個数が少なかったのでもっといろいろ試してみたいです。そういえば、巣鴨でカリンが売られてるらしいですね。今度、行ってみようかな。
——カリンの松岸さんですね!
記事:カリンに魅了され店名を変えた果物店「かりんの松岸」
【編集後記】果鈴さんの感想
今日は貴重なカリン料理を実食させていただき、ありがとうございました!これまで、カリン酒やシロップ、のど飴でしかカリンを味わったことがなく、どれもエキスを楽しむだけだったので、実そのものを食べたのは初めての体験でした。カリンの新たな一面に触れ、またカリンが好きになりましたし、さらなるカリンの可能性と奥深さを感じました。たくさんの人に様々なカリンの姿を伝えていきたいです!
取材日:2024/3/4
プロフィール
箱石 和行さん(ギャラリー&レストラン舞台裏 シェフ)
埼玉県出身。都内のフレンチレストランで基礎から学び、1年間のフランス滞在後、ベルギーへ渡る。フランス語圏の2つ星レストラン「L’eau vive」にて9年間従事し、スーシェフとして活躍、その後帰国。現在は「ギャラリー&レストラン舞台裏」のシェフを務める。
スペシャリティはパティシエ、パッションは自家製パン。趣味は、ビールと料理。
プロフィール
吉田果鈴さん
北海道出身、千葉県在住。一般企業に勤めながら、フリーデザイナーとして活動。地元にはカリンがあまり流通しておらず、幼い頃は馴染みがなかったが、大人になってカリンと運命的な出会いを果たす。同じ名前を持つ者としてカリンを愛し応援するため、様々な形でのカリンのプロダクト化を模索中。自宅ではカリン酒やカリンシロップを作って食したり、種からカリンを育てたりしながら日々カリンを愛でる。
ギャラリー&レストラン舞台裏
オンライン上でアーティストと鑑賞者が出会う場を提供してきた、The Chain Museumが手掛けるリアル店舗「ギャラリー&レストラン 舞台裏」。展示スペースの裏側に回り込むと、そこにはシェフのいるキッチンがあり、冷えた白ワインと気楽な前菜、本格的なコース料理まで楽しめます。ここはアートを鑑賞したあとにビールやワインを片手に語り合う、そんな人が主役のギャラリーでありレストランです。
このページを
シェアする