大川印刷「必要とされる会社とは何か」の問いから始まった 環境に負荷をかけない「風と太陽で刷る印刷」
大川印刷の社屋の屋根には太陽光パネルがびっしり。これで印刷にかかる電力の2割をまかない、残り8割は風力発電による電力を購入します。キャッチフレーズは「風と太陽で刷る印刷」。印刷によって発生する直接的・間接的CO₂の排出量ゼロ化も達成するためさまざまなチャレンジをする同社社長の大川哲郎さんにお聞きしました。
石油系溶剤を使わないインキ、再生紙を使った「環境印刷」
—— 御社が、大気汚染や化学物質過敏症の原因となる石油系溶剤を使わないノンVOCインキや再生紙、あるいは違法伐採による材料を使用していないことを第3社機関が認証しているFSC®森林認証紙使用した環境印刷を始めたのが2004年。当時、経営が思わしくなかったそうですね。
大川哲郎さん バブル経済がはじけた影響で、売上は最盛期に比べ半減しました。知り合いの経営者からは、「環境や社会貢献以外に、やることが他にあるだろう」とか「好きだね」と笑われました。
環境を考えるきっかけは、それより数年前に受講した経営者向けのセミナーです。講師に「明日あなたの会社がなくなったら、あなたのお客さんは本当に困りますか?」と聞かれました。私はその時正直、今のままであればお客さんは困らないと思ってしまいました。そこで「〝あなたの会社でなければ駄目〟と言われるような、地域や社会に必要とされる人と企業を目指そう」と考えたのです。本業を通して、社会課題解決を図っていきたいという思いから、社会的印刷会社という意味を込めて「ソーシャルプリンティングカンパニー®」を商標登録しました。
私のポリシーとして「仕事と遊びの境界線をなくす働き方」を追求したいと思っています。横浜市で生まれ育ったのですが、幼い頃は環境豊かでクワガタが捕れたのに、マンションなどが建ち景色が一変した。ずっと関心があった環境に取り組もうと、「環境経営」にシフトしたのです。それによって新事業の創出や競争優位性が保てるのではないかとも考えました。
—— 当時そうした取り組みは理解されましたか?
大川さん いえ、まったく。森林認証紙、つまり適切な森林管理で育成されている木材チップを原料にした紙であることを示す〈FSC®〉や、ノンVOCインキ使用を示す〈VOC FREE〉といった環境ラベルを商品に貼れますよ、と取引先に提案しても、「それはあなたがやりたいことでしょう。なぜうちがそんなマークをつけなきゃいけないの」と反論されました。理解されるようになったのはここ5年ぐらいです。
でも従業員からはすぐに反応がありました。「社長、工場の環境が変わりました」って。体にいいことを実感してくれたんですね。工場勤務の従業員が感じていた臭気が抑えられることが実感されたのです。また化学物質過敏症のお客様からは、頭痛や吐き気などの反応が軽減されたなどの感想も頂きました。
SDGsを推進させるには「共有」と「共感」
—— 環境経営によって、従業員の仕事に対する取り組みに変化はありましたか?
大川さん SDGs関係の講演会で話すと、よく受ける質問があります。それは「社員へのSDGsの浸透はどのようにしていますか」ということ。私は「浸透」という表現は間違っていると思うんですね。「共有と共感」がなければ駄目だと。
2017年に会社のリブランディングを行った際にデザイナーより、「社長の人生を変えたのがブルーズ(Blues)なら、ブルーズをテーマにリブランディングをしてはどうか?」との提案を受けました。そこでブルーズのアーティストの名言で会社の理念に合致している言葉を13個選び出し、クレド(企業全体の従業員が心掛けるべき信条や行動指針)を作成しました。従業員はその中から一つ選び、更に好きな色で名刺を印刷しています。朝礼では自分が選んだクレドに関連して、最近考えたこと・感じたことを話してもらっています。例えばB.B. Kingの言葉に、〈世界中の人々には問題があります。人々が問題を抱えている限り、ブルーズは決して死なない〉があります。
弊社のクレドは「ブルーズ」を「印刷」に置き換えると意味が伝わるようになっています。「世の中に問題がある限り印刷は死ぬことはできません」というのがこのクレドの解釈になります。が、従業員が話すことは自由としています。どんな話でもいい。その意見に対して他の従業員に意見や感想を言ってもらう。それによってみんなや会社が大切にしているクレドの理解が深まり、さらに問題意識や考え方の違いがわかり、相互理解が進むと考えています。
そうした活動から生まれた商品があります。デザインを手がける新人女性社員が、新型コロナ以降、人がマスクをするため、聴覚障害の方が唇の動きで言葉を理解できなくなったことを知って、少しでも手話ができる人を増やすことができたらと 「ありがとう」という手話をパラパラ漫画にしたメモ帳を作ったのです。SDGsの重要な理念「誰一人取り残さない」とも重なる発想です。社長賞を贈りました。
—— その後も環境への取り組みを精力的に続けておられます。納品に使う車を環境負荷の少ない電気自動車やディーゼル車にしたり、段ボールケースをなるべく使わなくても済むよう通い箱の導入などを行っています。
大川さん 2019年には、印刷にかかる電力を太陽光パネルでまかなおうと、経済産業省の認可を受けて「初期投資0円太陽光パネル設置事業」を始めました。しかし設置する屋根の強度がパネルの重さに耐えられないことが後になってわかり、補強工事をしたのでお金がかかってしまいました。初期投資0円のはずが、お金がかかってしまって……(笑)。現在、電力のおよそ20%をこの太陽光パネルでまかない、残りのおよそ80%は風力発電の電力を購入し、再生可能エネルギー100%を実現しています。
スコープ1と言われる直接排出量に当たる車両の燃料の燃焼によるCO2については政府のJ-クレジット(※)によるカーボンオフセットを行い、風力発電による電力については今後非化石証書の購入でカーボンニュートラルを進めていきます。
※省エネルギー設備の導入や再生可能エネルギーの利用によるCO2等の排出削減量や、適切な森林管理によるCO2等の吸収量を「クレジット」として国が認証する制度
私たちは「環境にやさしい」ではなく「環境に正しい」をポリシーにしています。「やさしい」とは、何がどれくらいやさしいのか?とても曖昧でわかりづらい言葉だと思います。曖昧な表現は曖昧な思考を生み、その結果曖昧な行動につながります。そのためできるだけ科学的根拠に基づき、正しい判断と行動を推進していきたいと考えています。そうした私たちの活動がSDGsへの関心が高まったこともあり、ここ5年ほどで知られるようになりました。例えば、A社の入札を落札できなかったのですが、私が出演したラジオ番組をA社の企画責任者の方が偶然聴いてくださっていて、「この会社に頼みなさい」と入札結果が覆ったことがありました。最近では印刷や講演のお問い合わせを1日1~2件いただいています。
同業他者にも環境印刷のノウハウを教える
—— これからどんなことをしていきたいですか?
大川さん SDGsの推進をどう展開するかを検討される企業に、コンサルティングを行う事業をこの10月から始めました。企業に出向いてワークショップを行うのですが、トップダウンではなくボトムアップでそれぞれの会社のSDGsの形をつくっていく。社員が腹落ちするような方法をひもといていきます。
同業者向けに、環境印刷の技術コンサルティングも手がけるようになりました。我が社のノウハウを公開しますから、将来競合することもでてくると思います。でも、企業の枠を超えて連携してこそ脱炭素社会が実現するのではないかと考えています。やせ我慢のように思われるかもしれませんが、持続可能な企業とは、他者からの尊敬に値する社会的な企業であると思っています。チャレンジを続ける。そうすることでチャンスは巡ってくると考えています。
取材・文 西所正道
2022-12-20