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チャクチャク〔キルギス・カラコル〕
チャクチャクと家に招いてくれた夫婦
キルギス・カラコル

私がこれまで足を運んだ世界の国々の中で「特に印象に残っている国は?」と聞かれたら、その一つは絶対にキルギスだ。中央アジアに位置し、面積は日本の半分しかない小さな国。東は中国と面しており、アジア系の顔立ちに親近感が湧く。キルギスで出会った人々のことは、今も忘れられない。“出会った人によってその国が決まる”という言葉がしっくりくるそんな国で出合った「チャクチャク」は素朴でとても優しく、まさにキルギスの人々のようなお菓子だった。

ウズベキスタンからキルギス首都ビシュケクの空港に降り立ち、いったん自転車を預けられる場所を探していた時のこと。空港職員の男性に尋ねてみると、困っている私を見兼ねてか「うちで預かろうか?」と言ってくれた。この時、自転車の旅を始めて約1年。言葉を交わしたのはほんの一瞬だったが、この旅で培った自分の嗅覚(きゅうかく)が、この人は大丈夫だと教えてくれていた。彼と一緒に帰宅してまず驚いたのは、その部屋の狭さだ。扉を堂々と開けることもはばかられるほどの玄関。明らかに人を招き入れる余裕などなさそうだ。そしてあろうことか、奥さんと生後半年の赤ちゃんもいる。なぜこの状況で、見ず知らずの日本人を招き入れてくれたのか……。本当に不思議だったが、とてもありがたかった。聞いてみると3人は年齢も近く、すぐに打ち解けた。キルギス料理を振る舞ってくれたし、私も餃子を作ったりして、夜はみんなで川の字で寝た。

実家のお母さんとボルソック

数日後、突然「私のお父さんが、田舎であなたを待っている」と奥さんに言われ、本当にお父さんが迎えに来てくれた。首都から約300キロ、車で約4時間かけてナルンという自然豊かな町に到着。そこでお父さんの仕事を手伝ったりしながら、気づけば2週間を過ごしていた。毎朝火をおこし、朝食を作って食べる。お風呂はバケツの水一杯で済ませる。ぜいたくなものは何ひとつなかったが、丁寧に生きる彼らの暮らしぶりには心を動かされた。ひょんなことから出会った男性の奥さんの実家にいるという不思議。旅をしていると、信じられないようなことがたびたび起こるのだ。ここでは特に「ボルソック」という小麦の揚げパンをよく食べた。毎日、家族分とは思えないほどの量を揚げて準備する。揚げパンにはちみつやバターをつけていただくような感覚で、カイマックという乳脂肪を集めた濃厚なクリームをつけて食べる。私は特にこれが大の好物でトルコでも食べていたのだが、キルギスで食べるものは本当に口溶けがよく、濃厚なのに水のようにスッと溶けて、ボルソックとの相性が抜群だった。毎日尋常じゃない量を食べる旅人に、家族もさぞ驚いたことだろう。

キルギスの日常に欠かせないお菓子

ジャイローと呼ばれる放牧地にも連れて行ってもらった。途中2回車で川を渡った時にはさすがに驚いたが、何よりもワクワクする気持ちの方が強かった。田舎には外国の文化が入ってこないため、どこにも染まっていないその国らしさが詰まっている。簡単に行けない場所にこそ、面白い発見があるのだ。キルギス定番の馬乳酒「クムス」は酸味があり、香りにもクセが強い。羊一頭をさばいて作るキルギスのおもてなし料理「ベシュバルマック(5本指という意味:手で食べることからそう呼ばれる)」は、私もさばくのを手伝わせてもらったし、現地の人々と一緒に手で食べた。お父さんからは「君の両親はいつ来るんだ?」と何度も聞かれたほど、熱い歓迎を受けた。

上左/ベシュバルマック 右/お父さんと 下/放牧地のポズユ(ゲル)の中で現地の人々と

その上、カラコルにある彼らの親戚の家にも招かれた。なぜここまでと思うかもしれないが、キルギスにはイスラム教の施しの思想が色濃く残っており、人は助けるものだと思ってくれていたのかもしれない。その家で作ってくれたのが「チャクチャク」というキルギス定番の郷土菓子だった。小麦粉の生地を薄く伸ばし、1センチ角にカット。それを1時間ほど乾燥させてから油で揚げる。ぽこっと膨らんだら、熱したはちみつと絡めてひと固まりにして食べる。日本のおこしのようなお菓子だ。材料もいたってシンプルで、キルギスの日常に欠かせないお菓子として昔から愛されてきた。もともと祝宴や結婚式などで出され、固い絆で結ばれた家族の象徴として並べられていたそうだ。旧ソ連圏の国らしく、生地にはウォッカが入っている。サクッとした生地はほんのりと甘く素朴で、すいすいと食べられてしまう。現地の人々は計量も特にせずササッと完成させていたが、作り方もしっかりと教えてもらった。

チャクチャク。右は菓子屋さんの店頭で売っていたもの。市場などでもよく見かけられた、キルギスではポピュラーなお菓子だ

次の目的地、インドに向かう最終日には、空港で働く彼のチェックインカウンターで見送ってもらった。この後始まる、想像をゆうに超える過酷さだったインドの旅。人も多すぎるし、街はどこも荒れていていつもうるさかった。でも、そのインドでの3カ月があったからこそ、この広々として雄大で、人の生きる根源を間近に感じられたキルギスでの日々が、より色濃く鮮烈に思い出されるのかもしれない。

郷土菓子研究社
代表 林 周作(はやし・しゅうさく)
1988年京都生まれ、2008年にエコール辻大阪フランス・イタリア料理課程を卒業。世界の郷土菓子の魅力に取りつかれ、各国の郷土菓子を実際に食べ、味を伝える菓子職人に。2012年から約2年半をかけ、自転車でユーラシア大陸を横断。 2016年7月、東京・渋谷にBinowa Cafeをオープン。世界の郷土菓子を提供中。各国を訪れてはその土地の郷土菓子を調査し、その数500種以上。訪れた国は50カ国近くにのぼる。

郷土菓子研究社
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